天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~
「大変だったね」
五十嵐の言葉を聞き、いえ、と素子は答える。
法務部には全て筒抜けなのは仕方が無いとは言え、自分の無能さを心配するのではと思ってしまう。
「私も昔弁護士目指そうかなーとか思った時期あったんだけど、今しみじみあの二人を見て思う。
ならなくて良かったって」
「どうしてですか?」
「だってハードだもの。
独立してればまた別だろうけど、会社のために今回のような隠密作戦までやっちゃって。
コンプライアンス室も抱えているから実質警察みたいなものだし。
会社に法を犯す社員がいたら外から指摘や捕まる前にこっちが捕まえるんだから。
芝崎くんも、福永さんのことでかなり悩んでいたのよ」
「芝崎さんが、ですか?」
五十嵐はアイスコーヒーを飲むと、
「仕事だからね、最初は割り切ってやってたと思う。
だけどあぁ見えて彼、優しいから、福永さんを騙してる気がして結構辛かったみたい。
あ、私に何か愚痴ったわけじゃ無いのよ?
見てればわかったってだけ」
もしかして相談でもしていたのかと素子が思っていたら、五十嵐が笑って打ち消す。
「だから、芝崎くんときちんと話してみてね」
五十嵐が優しく微笑む。
きっと素子が誠を信じて良いのかわからなくなっていることを見抜いたのだろう。
現に小暮も誠の肩を持つようなこといい、素子は誠がここで信頼されているのだとわかった。
反面、自分に見せていない苦しみがあったのかと思うと、もう以前のように会ってくれないのでは無いかと不安になってくる。
本当は彼から仕事のためだったと宣告されるのが怖い。
だけれど、それ以上に誠の声が聞きたい。
その気持ちだけが膨らむ。
法務部に戻ってスマートフォンを素子が確認すると、誠からメッセージが入っていた。
『お腹が空いたから食事に付き合って欲しい。終わったら連絡して』
その下にはリンクがあり、そこは渋谷にある高層ビルのホテルにあるレストラン。
終わったら、という意味はきっと仕事を終えてかと思うと五十嵐が素子を見て笑う。
「芝崎くんでしょ?それ仕事の延長だから行ってらっしゃい」
素子が五十嵐を見た後、他の社員の反応が心配で見てみても誰も素子のことを気にせずに仕事をしている。
「ここはマイペース人間の集まりだから。ほら、行った行った!」
素子はありがたく五十嵐の申し出をうけて会社を出る。
会社を出ましたとメッセージを送ると電話がかかってきた。
久しぶりに声が聞けることに素子の胸は否応なく早鐘を打つ。