天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~
芝崎誠、29歳。
親会社である本社法務部から、買収した子会社の素子の会社に来ている弁護士だ。
焦げ茶色のふわっとした長めの髪、柔らかな目元、長いまつげ。
王子様と言われるほどに、いつも耐えない笑顔と優しい態度。
ルックスも良く弁護士という肩書き、何より未婚という事で多くの女性社員からターゲットになっている。
素子の会社は法務部が無く、今回本社レベルでは無いものの本社へ橋渡しできる為に総務部に法務チームを立ち上げることになった。
素子の会社の男性数名が選ばれ、そのプロジェクトリーダーとして誠がいる。
籍は本社のまま、あくまでプロジェクトの為に週三くらいで誠は素子の会社に来ていた。
期間は半年。
既に四ヶ月ほどが経っていて、女性陣も残り少ない期間を気にしてかアプローチの度合いが増えていっている。
素子の勤める会社は元々地域密着型のレコード店を持っている会社だった。
だが音楽を聴く方法の多様化であっという間にレコードに力を入れていた店舗はほとんど閉店、経営不振の一途を辿っていた。
そして素子が入社して一ヶ月後、『Grassコーポレーション』という勢いのある会社に買収された。
そして始まった親会社による経営の立て直し。
経営陣は全員退陣し、上層部は親会社の指示で随分と変わった。
親会社はこの会社の社員は首を切らないという約束は守っているものの、馬場のように今までただ長くいれば上に上がれたなどというのは能力主義の親会社では許されず、いくつもの人間が地方に飛ばされたり地位はそのまま。
年齢的に今辞めてしまえば再雇用の厳しい社員は、前の会社なら出来た昇給も消えても食らいついている反面、馬場のように荒れる者もいる。
そんな事もあり年齢のいった男性社員からすれば親会社の人間は敵に近いが、生き残っているのに飛ばされたりなにかあってはたまらない。
だから誠には愛想笑いですり寄るか、逆に近寄らないようにしていた。
反面女性社員たちからはこの会社にはいない最高物件がきたことで、奪い合いの様相。
(自分には無関係だけど、あれはモテるのも無理ないわ)
素子は先ほど誠からされたことを思い出し納得する。
最後は嫌な気分になったけれど、あのさりげないフォロー、あんなのをさらりとするのだから女性社員が好きになるのは当然だろう。
法務チームは一応法務部にあるので、素子も度々誠と話したことはある。
いつも優しく、それは平等。
まるで弁護士バッジにある『はかり』のように。
だが素子は誠のことを好きになることは無い。
その一番の理由は素子の経歴にあった。