天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~
「福永さんにその能力があると思ったから、あの会社に置いておくのは惜しいと思ったんだ。
こちらも女性が一人だけになってバランスも悪かったから誰か探しているところで、むしろ渡りに船だったんだよ。
そもそも僕だけで決められるわけが無い。
君の仕事ぶりや経歴を見て、本社人事部が最終決定した。
無理ならせめて法務チームに移動させようとは思ったけど、通ると思ってたし」
そんな経緯があったとは知らず、何だか嬉しさよりプレッシャーが押し寄せてきた。
緊張しているような顔になった素子を見て、誠は思わず吹きだした。
笑われたことに素子は口を尖らせる。
「なんですか」
「笑ってごめん。
福永さんってかなり表情豊かなんだなって」
眉を寄せた素子に、誠はまた笑ってしまう。
「さ、食べよう。お酒は何が良い?
前回は白だったから赤ワインでも?」
「お任せします」
その表情は不満を表しているのに何だか子供のように見えた。
(可愛いな)
拗ねた顔をした素子を見て、誠は思ってしまう。
もっと彼女の色々な顔が見たい。
ずっと頑張ってきた、不器用な彼女を甘やかしたい。
「福永さん」
「はい」
赤ワインを飲んでいた素子の頬は赤くなりだしている。
「今、誰か好きな人がいるの?」
「は?」
素子は思わず手に持っていたフォークを落としそうになった。
「いるの?」
「いま、せんけど」
「なら僕と付き合って欲しい」
誠はここで素子を逃す気など無かった。
彼女はきっとここまで必死に頑張ってきて、まだまだ何も知らない。
なら俺が彼女に初めてのことを教える男になりたい。
美味しそうに食べる顔も、嬉しそうに笑う顔も、ただの女としての顔も、全部自分だけが味わいたいと思うほどに。
「なんでですか」
素子は突然の話題に震える声で聞き返す。
「君のそういう顔が見たいから。
俺に、その特権が欲しい」
かぁっと素子の顔が熱くなる。
お酒が回っていたせいもあるが、それとは違う熱に素子は思わず自分の両頬を包む。
案の定困惑している素子に、
「きっと俺のことだってわかってないでしょ?
なら知る機会を、学ぶ機会を設けると思えば良いんじゃ無いかな」
学ぶ機会、と素子は誠の言葉を呟く。
素子は今まで男性と付き合ったことが無い。
確かに、と思って流されているような気がした。
「でも、芝崎さんモテるのになんで私なんか」
「あ、そういう卑下するのは無し。
俺は素子が良いんだよ」
優しい声で自分の名前を呼ばれ、素子は顔だけでは無く手まで赤くなりだした。
「はは、ゆでだこみたい」
「酷い」
「そういうとこ、ほんと可愛い」
頬杖をつきながら誠に見つめられ、素子は逃げるように俯いた。
「デート、どこがいいかな」
「え、決定ですか?!」
「反論なかったし」
「当事者がいるのに勝手に判決下さないで下さい!」
必死に訴える素子に、誠は優しく微笑んだ。
「よろしくね」
「保留で!」