天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~


その後デザートを済ませても、誠は素子にデートの行き先の話をし、素子は必死にまだ答えを伝えていないと繰り返す。

「すっかり暗くなったね」

気がつけば窓から見える景色は夜景になり、まばゆいばかりの渋谷の夜景に素子は初めて気付いて思わずわぁと小さく声を出した。
高層ビルの明かり、工事のクレーンの明かり、至る所から色々な色の洪水が渋谷に流れているようだ。

「ここに素子を呼んだのは、これから君が働く街だから。
この町が新しく変わることに賛否両論あるだろうけど、そうだとしてもやっぱりおもちゃ箱みたいな街だと俺は思う。
ここだけじゃ無く、これから一緒に色々な物を見たり、味わったりしよう。
素子は頑張っている分、そういう時間だって必要だからね」

目を細めて素子を見ると、素子は恥ずかしそうに目をそらし、一面の夜景を見渡す。
歴史あるデパートなども消え、驚くほど高層のビルが駅を取り囲むように出来だしている。
古い自分が生まれ変わるのに良いのかも知れない。
そんなことを素子は思うが、誠が自分と付き合おうとする理由がやはり理解出来ない。
しかし彼のことがもっと知りたい、その気持ちは自覚している。
好き、なんてのはおこがましいと思ってブレーキがかかって、すぐにイエスなどと答えられなかった。

食事を終え、素子が化粧室に行っている際に会計は既に済んでいた。
素子は素直に礼を言って、誠は時間もあるしバーに誘おうかとしたとき、素子の鞄からバイブレーションの音が聞こえた。

「スマートフォン、鳴ってるようだけど」
「すみませんちょっと確認します」

素子は先ほど化粧室に行って、母親からの着信とメールを見ていた。
また電話は母からだろうと思えば案の定。
誠に言われた以上出ないのも不自然なため、誠から少し離れた通路で電話に出た。

『もう!何度も無視して!』
「あの、今会社の人といるの。だからまた」
『ほら!そうやって仕事ばかり!
いつになれば結婚相談所に登録するの?!』
「だから私は結婚なんて」
『司法試験も受からなかったのに、今度は結婚も逃すの?!』

ぐっ、と素子は奥歯を噛みしめる。
親には迷惑を掛けてきた。
母親は特に病気のせいで焦りが苛立ちになっているのもわかる。
だが、こうやってあの話題を毎回出され、駄目な人間として言われ続ければ素子のプライドなど砕けてしまう。

不意に手からスマートフォンが消え、素子は思わず空になった自分の手を見た。

「初めまして、弁護士の芝崎誠と申します」

隣で話し始めた誠に素子はその状況が理解できずただ手を空中に浮かべたまま真琴の顔を見る。

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