天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~

『え、あの、素子とは?』

急に若い男の声、そして弁護士と名乗ったことで素子の母は困惑した声を出す。

「素子さんの会社の親会社、本社法務部でインハウスロイヤーとして勤めています。
素子さんとは会社を通して知り合いまして。
それに彼女は、僕のいる本社法務部に引き抜かれたんですよ。
彼女の優秀さが本社の目に留まりまったんです」
『はぁ』

明るくつらつら話す誠に母親は圧倒されていた。

「芝崎さん!」

素子が誠の腕の袖を軽く引っ張りながら小声で必死に呼びかけるが、誠は人差し指を口に当て、静かにするようジェスチャーをした。

「彼女は以前から忙しかったのですが、本社に移動と言うことでより忙しくなるかと思います。
僕も彼女とデートする時間が取れなくて困っているところなんですよ」
『えっ?!あの、娘とは』
「はい。
結婚を前提に交際していますが、もしかして素子さんは伝えていませんか?」

まぁ!という母の声が離れている素子の所まで聞こえた。
素子は驚き、再度芝崎さん!と名前を呼んでスマートフォンを取り返そうとした。
だが軽く悪戯な笑みで交わされ、素子は混乱していた。

『もしかしてそれであの子は私の話を断っていたのかしら』
「僕も今そんな話があったことを知りました。
ゆっくり進んでいきたいので、申し訳ありませんがそのお話は止めていただけませんか?
折を見てご挨拶に伺いますので」
『あの子ったら何も話してくれないから。
わかりました、きちんと話を聞かせて下さいね』
「申し訳ありません。また改めて」

誠が通話を終了させ隣を見れば、素子の顔は呆然としている。
知らないうちに彼氏どころか婚約者が誕生してしまっている気がした。
そんな呆然としている素子にスマートフォンを握らせると、誠は笑顔で、

「さてご挨拶に行く前にデートの一つくらいは済ませないとね」

そう言うと、素子の手を握って歩き出した。

「芝崎さん!」
「本社には他にも芝崎っているから下の名前が良いな」
「会社で下の名前で呼ぶんですか?」
「素子になら良いよ」
「ですから!」
「俺の名前は誠。
後で苗字で呼ぶ度にお仕置きでも増やしていこうか」
「し・・・・・・、あの!」
「まぁ今のは見逃してあげる。
これからバーで飲むのと、家に帰るのと、このままホテルに泊まるの、どれにする?」
「家に帰る、一沢です!」
「じゃぁ俺の家に」
「どんな誘導ですか!」

あははと誠は楽しげに笑い、未だ混乱している素子の手を引いてホテルを出た。
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