天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~

「大変申し訳ありませんでした。
母にはきつく言っておきます」
『だから結論を急がないで。
素子が怒るのはわかるよ、俺も驚いたし。
流石に受付担当も何事かと思ったらしいけど、俺が不在だったから電話が欲しいと伝言があったそうでね。
かけ直したらそれはそれは色々聞かれ出して。
だから週末お嬢さんと伺いますのでその時にって何とか終わらせたんだ』

凄い勢いだった、と笑う誠に、素子の頭は沸騰しそうで反面心は凍り付いていく。
昔からそうだった。
出来るときは周囲の自慢話に使われ、駄目なときはなじられる。
家に興味の無い父と、専業主婦で子供にしか自分の生きる意味を見いだせなかったような母。
両親がお金を出し育ててくれたことは感謝している。
大学生の時に逃げるように家を出て、なるべく家に近づかないようにした。
だが司法試験の不合格と母親の病気が重なり、素子は逃げる事が出来なくなった。
結婚して欲しい、女の子として幸せになって欲しい、その気持ちはわからなくはない。
だが、他の人まで巻き込んだことには素子は我慢できなかった。

「芝崎さん、今度母と話をつけてきます。
ご迷惑をおかけしました」
『喧嘩してくるつもり?』

その指摘に素子は黙り込む。

『それなら余計に行くよ。
もうスケジュールは組んであるから。
ごめん、まだ仕事なんだ、後で連絡するから』

あの!という素子の声は届かず通話は切れた。
素子はすぐに実家に電話を掛ける。
何て失礼なことをしたの!と素子は怒ったが母親のテンションは異常に高く一切素子の言葉を聞かない。
そして次に言われた言葉にまた頭に血が上った。

『試験に落ちてもやっぱり弁護士という職業に憧れていたのね。
良かったじゃ無い、これで一応弁護士に関われるんだから。
てっきり逃げるための嘘かと思って会社を調べたけど大きな会社なのね。
それなら貴女が会社を辞めて、その人に養ってもらえるから良かったわ』

何が良いのか。
自分の価値観は全て正しく、それが全て娘の幸せと信じて疑わない。
周囲が仕事のする女性の多かった中、素子の母親は専業主婦であることステータスのように思っている。
きっとパワハラを受けていた何て知れば、不出来だからと罵られかねない。
いや、罵るよりも自分を責め出すのだ。
私の育て方が悪かったなどと泣き出されればどうしようもない。
素子は気持ちが重いまま帰路についた。
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