天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~
「ロースクール卒なのに法務チームに異動できなかった時点で自分の無能さを恥じたらどうだ?」
数日後、小さな会議室に馬場と素子は対面で座っていた。
ボーナス査定の面接をしている途中、馬場はそう言い出した。
査定はまず直属の上司が各自の評価をする。
そしてその結果を上に上げ、最終決定をするのは人事部の上層部、親会社の人間だった。
移動できなかったのは誰のせいなの、その言葉を素子は飲み込む。
「あげく司法試験に落ちて、この会社が拾ってやったというのに。
普通ならもっと社会経験を積んでいるものを、屁理屈ばかり言う女になって社会に出て通用するとでも思っていたのか?」
嘲笑を含んだその言葉に、机の下で膝においてある素子の拳がきつく握られる。
素子は弁護士を目指し親の反対を押し切って奨学金を借り、ロースクールへ入った。
だが司法試験を受けたものの落ちてしまい、二度目を目指そうとしたが両親が反対をした。
必死に両親を説得しながら勉強していた素子だったが、母親の病気が発覚。
すっかり弱気になった母親が娘が結婚から遠のいてしまうと泣きつかれ、素子は両親の希望を受け入れて父親の知り合いが務めていたこの会社に入社した。
言わばコネ入社。
そんな経緯で入った以上パワハラを受けていることも両親に言わなければ、何を言われてもまだ入って一年くらいで辞めることなど出来なかった。
そんな素子の父親の知り合いは買収された時に退職してしまったが。
昨日も母から結婚を催促するメールが来ていて、いつも通りの仕事が忙しいという定型文を返した。
きっとこんな状況を母が知れば、今度は誰かと見合いをさせて専業主婦になれば良いなどと言われかねない。
「聞いているのか、福永」
「はい」
「こんなにも周囲の足を引っ張っているだ、昇給なんて夢は見ないことだな」
終わりだ、と吐き捨てるように言われ素子はドアを閉める際頭を下げたが、馬場の顔はにやりと笑っていた。
部に戻り、次の相手に声をかける。
「須賀さん、次どうぞ」
「あれぇ、先輩もしかしてまた課長に怒られたんですかぁ?
美々なら泣いてすぐ辞めちゃう。
先輩の心臓ってあれですか、針の心臓?」
「美々ちゃん、それ鋼の心臓」
やだ、間違えちゃった。
美々の言葉に突っ込んだ男性社員にぺろっと小さな舌を美々が出すと、その社員や周囲も笑い出す。
いってきまぁす、と甲高い声で言うと、皆が行ってらっしゃいと声をかけた。
須賀美々、22歳。
入社してまだ半年というところだが、ふわりとした巻き髪にフェミニンな服装、いかにも男性受けする女子という感じの可愛らしさで馬場や年配男性陣のお気に入りだ。
女性たちはつかず離れずという感じだが、総務部含め男性は年齢が高く女性が結婚していないことに平然と馬鹿にしたり、セクハラまがいのことはよくあること。
元々この会社は古い体質で、買収される前はもっと色々ひどかったらしい。
これでもマシになったと小耳に挟んだが会社勤めが初めての素子ですら、流石におかしいのではないかと思っている。
しかしあの一件があっても変わらない。
そういう会社なのだろうと、素子は頭を切り替えて仕事し始めた。