天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~
本社勤務が続いたが、素子は覚えることで精一杯、誠は不在が多く二人がきちんと会うことになったのは素子の実家に行くその日だった。
誠が素子の家に車で迎えに行くというので待っていると、電話がかかってきた。
『下に着いたよ』
「今行きます」
マンションはあまり車の通らない路地に一本入っているので、誠の車が停まっていても咎められない。
とっくに素子は準備を終え待機していたので急いで降りていけば、マンション前から少し離れた場所に黒の車が停まっていた。
素子に気付き運転席から降りてきた誠は、落ち着いたグレーのスリーピースに身を包み、胸ポケットには青いチーフが挟んである。
車の前に輝くのは円の中に三本の線が入ったエンブレム。
高級な外国車だ。
コンパクトカーではなく一般的なサイズだが、スポーツバックなのでかなり後ろもゆったりしている。
誠が助手席のドアをあけ、素子は礼を言うと席に座った。
男性の車に乗るのは、おそらく学生時代友人達と一緒に乗ったくらい。
助手席、それも男性と二人きりなど初体験。
革張りのシートは車とは思えないほど座り心地が良く素子は落ち着かない気持ちでいると、誠が運転席のドアを閉める音で我に返った。
「住所は聞いてあるんだけどこれであってる?」
「はい、合ってます。
本当にご迷惑をおかけして」
車のナビには既に素子の実家の住所が入っている。
車なら一時間ちょっとで着くだろう。
エンジンのかかったままの車。
誠は助手席に座り、ただ前を向いて緊張している素子が面白い。
初めて見るプライベートな服装。
白の長袖ブラウスに紺のロングスカートは素子に似合っていると誠は思った。
良いところのお嬢さんにも見えるが、あまり外で遊ぶことの無い素子はそもそもオフの服が少ない。
一応挨拶という手前無難なものにしてみたが、手持ちの服はどれも無難なものだった。