天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~

「ですが結婚したからと言って素子さんに家に入って欲しいとは思っていません。
本人が望むならそうしますが、彼女は非常に努力家です。
我が法務部はかなり忙しく、入ってきたばかりの彼女にはハードだと思います。
ですが即戦力になると思い、人事部が決定して移動になったのです。
そんな優秀な彼女の才能を、結婚だけで縛るような真似はしたくはありません」

素子はそこまでフォローされ、涙が出そうになる。
母親を静かにさせるためとはいえ、ここまで言ってもらえたことなどない。
しかし母親はそれをあまりよく思わなかった。

「そうでしょうか。
素子は昔から不器用で。
それに男性としては結婚するなら若い女性が良いでしょう?
ロースクールなんて出て、より婚期を伸ばすなんてと止めたのですが」
「ロースクールを、司法試験を目指す男性と女性は心構えが違うんです。
そうやって乗り越えてきた素子さんはとても素晴らしいと思います。
おかげで僕は彼女に出会えました、感謝しています」

誠が目を細め素子を見る。
素子は涙が出そうなのを唇を噛みしめて我慢しているのに気付くと、誠は苦笑いしながら素子の頭を撫でる。
黙って俯いた素子と愛おしそうに慰める誠に姿に亜未はとても驚いていた。
あの姉が男性にそこまで無防備になる所を見たことが無かったからだ。
父親に視線を向ければ、しっかりその様子を見た後一人ビールを飲んでいて、母親だけが誠への質問を続ける。

「芝崎さんは出来ている人なのね。
ご両親は素子とのことはなんて言ってるのかしら。
反対してない?」
「まだ伝えていませんが、いい歳をした二人のことですので別に反対することはありません」
「息子のいるお家だとそういうものなのかしら」
「婚約もやっと話をしたところで、素さんはまだ仕事に慣れることで精一杯です。
彼女は本当に頑張り屋で一切甘えてこないのが、僕としては寂しいところですが」

芝崎さん!と横で素子が顔を赤らめれば、誠はだってそうだし、と笑う。

「いやー、お姉ちゃんいい人に出逢ったね!
もう一緒に住んでるの?」

また母親が何か話し出そうとしたのを気付いた亜未が口を挟む。
それを聞いた誠が、

「そうそう、お互い忙しくてまともに話せる時間も無いから一緒に住もうか。
もう少し会社に距離が近い方が色々と楽だよ」
「なんだ、同棲まだだったんだ。
お姉ちゃん石橋叩いて割る人だから、芝崎さんにお願いして引っ張って貰った方が良いよ」
「そうなんだよ、彼女はなかなか慎重すぎてね」

ですよねぇ!と亜未と誠が笑い、隣の素子はオロオロする。
亜未は少し軽そうに思えた誠が、本気で姉のことを思っていることを感じ取っていた。
まだ姉が卑屈になっているのもわかる。
だからこそ背中を押したいと亜未は色々とたき付け、誠はそれが分かった上で笑顔で頷く。
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