天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~
「素子さん、俺と結婚して下さい」
誠のその真っ直ぐな瞳は素子に逃げることを許さないかのようだ。
少し口を開けただ誠を見つめ返す素子に、誠はその震える手を包みながら、
「本当はもっときとんとした形で渡したかったけど。
でも信じてもらえていないのは俺の落ち度だから。
素子は俺のことが嫌い?」
「いえ!そんなこと」
思わず悲しそうに問われてすぐにそういうと、誠は子供のように嬉しそうな顔をした。
「君の指にその婚約指輪をはめてもいいかな」
リードして素子を安心させようと思うのに、誠は自分が思ったよりも緊張していることに気付く。
ここで嫌だと言われても次の策を考えるだけ。
今まで結婚などと言う、ただ法律で縛られるだけのものなんて興味は無かった。
だけれど今なら分かる。
好きな相手を縛る方法。
彼女を奪おうとするものが現れても、夫という立場は強い。
彼女は真面目だから、その法律の檻から逃げ出すことは無いと少しでも安心できる。
だから、余計に結婚したいと思ってしまうのだろう。
(最低な動機だけれど、そう僕に行動させる君にだって罪はあるよ)
そんなことを誠が思っていることなど知らず、素子は本当だったことに戸惑いを隠せない。
「本当に私で良いんですか?
別に美人でも無ければそれこそ試験にも落ちて」
「素子はとても可愛いし、努力家だし正義感も強いし。
たった一度の試験に落ちただけで結婚できなかったら、どれだけの男性が泣くと思ってるの」
最後おどけた誠につられ、素子は軽く吹きだした。
たった数ヶ月前から自分の人生はどんどん変わっていった。
それは彼に出会えたから。
何も返せないのに良いのだろうか。
「私、芝崎さんに助けて貰ってばかりで何も返せて無いし」
「ちょっとうるさい」
誠は片手を外し、素子の後頭部に手を回すと自分の方に引き寄せた。
一気に誠との距離はゼロになり、素子の唇に温かな唇が触れる。
一度触れて、そしてついばむように何度も少し離れ、そしてまた強く口づけられた。
離れた誠は素子を覗き込み、その髪を撫でる。