天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~
誠が面倒ごとを終え戻ってきたときには素子は既に帰ってしまっていた。
急いでメッセージを送ると、すぐに返事が来て誠は誰もいない法務部から素子に電話を掛ける。
『はい』
「ごめん、今いいかな」
『はい』
堅い返事に誠は頭を掻く。
「彼女とは特に何でも無いから」
『はい』
「素子、そのはい、だけは結構悲しい」
『ですが、何と言えば良いのかわかりません』
誠はそこで素子に何て言って欲しかったのだろうと初めて気付いた。
加奈との関係を聞かれるまでは答えられないし、いや妬いて欲しかったのかもわからない。
「そうだよね、俺の言い方が悪かったごめん」
素子は誠が言葉にあぐねているのはわかっていても、元カノですか、と聞くのは怖い。
聞いて面倒な女とも思われたくないし、第一聞いてどうなるというのだろう。
彼女も自分のように大切にされたのだろう。
そう思うと、何故自分と結婚したいと思ったのだろうかという疑問をまた持ってしまう。
「一応報告しとく。
以前彼女とは交際したことがある」
ぎゅっと素子は自分の胸元の服を掴んだ。
「ちょうど会社のモデルを引き受けて仕事上何度か顔を合わせるうちに付き合うようになって。
でも半年くらいで別れたんだ、お互いに忙しいしそれどころじゃないなって」
『今は忙しくないから結婚を考えたんですか?』
思わず素子はしまったと思った。
完全に棘のある言い方、しかし本心だから出てしまった言葉だった。
誠は珍しい素子の言葉に、申し訳ないと思いつつ嬉しさを感じる。
何だか自分の方ばかりと思っていたが、彼女も少しは自分の事に興味を持ってくれた気がして悪い気がしない。
「忙しい忙しくないなんてのは、今ならただの言い訳だってわかる。
好きな相手のためなら何とか時間を作るし、それこそ今みたいに会いたいって思う」
聞いていた素子の顔が熱を持った。
「困ったことに、向こうがよりを戻したいみたいなことを言ったんで断ってきた」
「えっ?!」
「大丈夫。婚約者がいるってきちんと断ったよ。
ただ、また広告に出るからその打ち合わせで時折会社に来ると思う。
その際社員としては最低限ご機嫌取りしなきゃいけないところがあってね。
素子の不安になるようなことは極力避けるけど、何かあれば、いや何も無くても言って。
俺は素子だけだから。
それにこうやって離れてるより顔見て話がしたい。
だから近いうちに引っ越しの予定を打ち合わせをしたいし、デートをしよう」
『わかりました』
「わかりましたか、素子は我慢して返事していそうだからなぁ」
誠が苦笑いしながらそう言うと、
『白状すると綺麗な人だったので、その、不安ではありました』
恥ずかしそうな声が誠の耳に届き、思わず口がにやけてしまう。
「俺には素子が良いし素子じゃ無きゃ駄目なの。
じゃぁまた明日」
『・・・・・・はい、また明日』
素子は通話を切り、クッションに顔を埋める。
こういう甘さはどうにも慣れない。
恥ずかしさに素子はクッションを握りしめた。