天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~
時折来る、というはずの加奈はまた翌日にも現れ、誠が外出中と知ると面白く無さそうにして今度は素子の席に来て素子が驚く。
「ちょっとこの人借りるわよ」
「勤務中ですから」
五十嵐が止めようとすると加奈が睨む。
「ここでの仕事に関わることなの。
口出ししないで」
素子は机の上の資料を手早く見えないようにして、パソコンの電源を落とす。
「すみません、離席します。
ご迷惑掛けないようにすぐ戻りますので」
「何かあれば連絡して。
スマホは持ってってね」
五十嵐が心配そうに声をかけたが、素子は笑みで返事をした。
加奈に連れてこられたのは会社のミーティングルーム。
加奈は慣れたように社員から空いている部屋を借り、そこに素子は連れてこられた。
腕を組んで窓側の壁にもたれかかった加奈がジロジロと素子を見る。
「誠が貴女と婚約したって聞いたけど、もしかして誠の言葉本気にしてる?」
意味がわからず素子は戸惑いを浮かべた。
「聞いたわよ、貴女がパワハラ受けてた話。
それを誠が解決したんでしょ?
証拠集めに利用してたこと、誠はかなり申し訳なく思ってたみたいね。
行き場の無い貴女に、仕事場と、そして女としても立場をあげるなんて凄いわー」
「どういう、意味でしょうか」
「え、わかんない?
法律の学校に行くほど頭良いんでしょ?
誠は凄く責任感じて、貴女に報いようとしているの。
自分と少し境遇が似てるから余計に肩入れしたのかも知れないけど、そのうちこの会社の中心の一人となる人なのに何考えてんだか」
素子は加奈の話す意味が本当にわからなかった。
境遇が似ている、会社の中心となる。
それが何を意味するのか。
「あの、芝崎さんが会社の中心の一人というのは弁護士として、ですよね?」
「もしかして、知らないの?
呆れた!誠はこの会社の社長の息子でしょ!
社員なのにそういうこと知らないなんてどうなの?」
加奈は呆然としている素子に苛立ちが増すばかり。
こんな地味で苛められやすいような女のどこがいいのか。
「誠はね、私と縁談する予定があったの」
素子が顔を強ばらせる。
そんなのは初耳だ。
「この会社での立場を盤石にするよう社長から縁談をするよう指示があったんだけど、誠はずっと嫌がって。
だから以前交際して会社にもメリットのある私が選ばれていたの。
でも誠は会社で地位を上げること何て興味無かったし、誠にとっても貴女の存在はタイミングが良かったんでしょうね。
そうじゃなきゃ婚約まですぐに進むと思う?
頭が良いならその辺の違和感に気付くべきでしょ」
加奈は言うだけ言うと黙ったままの素子を残し、部屋を出た。
素子は部屋に残ったまま立っていたが、ふらりとよろけ、机に手をつく。
おかしいと思っていた。
なんであんな人が求婚してくるのか。
自分がパワハラをすぐ止められなかったことを今も気にしているのは知っている。
だが、婚約まで急いで、しかし籍を入れるのは待つ、というのは考えてみれば妙だった。
公に婚約しているということさえ知らしめられれば、後は籍が入っていなければ破談で済ませられる。
「そっか、私、馬鹿だな」
全てがカチリとはまった気がした。
時計を見ればもう四十分以上離席してから経っている。
素子は仕事に戻るために歩き出す。
その顔に表情は無かった。