天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~
「お気遣いありがとうございます。
ですがさっきから民法を持ち出したりとそれを話に混ぜるのはどういう意図ですか?
私がロースクール卒なのに司法試験を落ちたからですか?」
敵視している、いや攻撃的なまなざしを自分に向けられ、それでも誠は不快には一切思わなかった。
攻撃的、いや真っ直ぐに逃げない目、それが誠にはむしろ面白い。
誠から見る素子は法学部やロースクールで時々見かけるような、グループで勉強会などせずに一人で黙々と勉強をするタイプの女子。
そしてそういう女子の方が真面目に取り込みすぎるが故に試験に落ちたのを目の当たりにしたこともある。
そんな彼女たちを誠は不器用、損する人だなと可哀想に見てしまう。
(彼女もなんて不器用なんだろ。
もっと肩の力を抜いて要領よく自由に生きれば良いのに)
誠はそんな事を思いながら自分用に買ってきたブラックコーヒーを飲んでいたが、それを置いてスマートフォンをポケットから取り出すと、未だを警戒している素子に話しかける。
「違うよ。
ここの会社は今から作ろうとしている部署の男には一応言葉が通じるけど、女性では誰も通じないんだよ。
『競売』、これ君ならどう読む?」
誠はスマートフォンに打ち込んだその漢字を素子に見せた。
素子は何だろうかと思いつつその画面を見る。
「『ケイバイ』、ですか?」
「だよね。
でもそれは法律をやったことがある人間の読み方。
普通は『キョウバイ』って読む。ニュースでもそう。
そういうのを僕たちは当然のように使うから、ケイバイなんて言えば知らない人は眉間にしわを寄せたり、それこそ、君は漢字を正しく読めるのかね?なんて上のおっさんに言われたこともあるよ。
理由を言うのも面倒だったから、失礼しましたって言いながら内心舌を出してたけどね」
法律をやっている人間は、法律用語や使い回しを無意識に使っている。
それを知らない人間からすれば、何を言っているだと思われるしそれこそ無駄に頭がいい人間だと思われている分、相手はそれみたことかと間違いだと思って指摘したりする。
そういう経験をしているのは同じことを学んだ同士にしかわからないものがあるのだ。
誠の意図がわかって、素子は自分が馬鹿にされているのでは無く同士として認めてもらえているのだと気づいた。
考えてみれば初めてだ、この会社に来てこうやって法律の話が出来るのは。
女のくせに、司法試験を落ちたくせに、ようやく就職したくせに。
そうやってこの会社では馬鹿にされてきた。
法律を学んできたことを恥じたことは無い。
だがそれを押し殺してきたのを気にしなくていい、そして今までの勉強の意味がたったこれだけのことでも色々な事に自信を失っていた素子にはありがたい。
自分でも何てチョロいのだろうと思いつつ、警戒し無意識に身体を硬くしていた素子の体の力が自然と抜けていた。