夢のまた夢では 終わらない夢

「俺は……」

彼が口を開いた時、手に持っていたスマホが震えた。

画面を見ると、美咲からの電話だ。

困った顔で彼に顔を向けると、「気にしないで」と彼は微笑み電話に出るようにジェスチャーで促す。

せっかく、彼の名前を知れるところなのに、美咲タイミング悪すぎるよー！

モヤモヤした気持ちのまま、美咲の電話に出た。

『何度も電話くれてたみたいでごめん！樹ー。今どこ？』

「え？今？ええっと……」

誰の家かわかんないままだし。

『何度も電話ごめんねぇ。ちょっとさー、今朝彼氏と大喧嘩してまだうちに帰れてないのよー』

「そうなの？もう～」

思わず頬を膨らます。

『このお詫びは必ず100倍にして返すから、今日は延期でお願い！来週末はどう？よかったら泊まりにきてよ』

「はいはい。来週も再来週も私は暇暇ですよー」

『ほんとーにごめん！また今日の夜にでもゆっくり電話する！』

「オッケー、彼氏と早く仲直りしなよ」

『ありがとー。がんばる！』

美咲の電話は切れ、嵐の後のような静けさが耳に冷たく残っていた。

ほんとに、びっくりだわ。

最近年下の彼氏ができたとか言ってはしゃいでたけれど。

彼氏がいるのもやっぱり大変ねぇ。喧嘩とか煩わしいことはごめんだ。

やっぱり一人が一番自由で気楽なのかもねぇ。

ふと彼が横にいないことに気づき、リビングに目を向けるとキッチンでコーヒーを沸かしている姿が見えた。

一人は気楽だけど、あんな素敵な彼がそばにいてくれたら、きっと最高だよね。

夢のまた夢だけど……。

私はスマホをバッグにしまうと、急いで彼のいるキッチンに向かった。

「お話の途中にすみません！」

「いや構わないよ。お友達とは連絡ついた？」

「はい」

「じゃ、今からお友達の家に？」

「いえ、それが……」

首をすくめて苦笑する。

「彼女に諸事情ができちゃったみたいで、今日の約束はなくなっちゃいました」

「そうか、それは残念だったね」

「っていうか、あ！また部屋番号聞くの忘れちゃった！」

いつも肝心なことを忘れちゃうんだよね。夜の電話の時忘れずに聞かなくちゃ。

思わず頭を抱え首を横に振った。

キッチンからくすっという静かな笑い声が聞こえる。

そんな私を見て彼は必死に笑いを堪えていた。

「樹ちゃんっておもしろいね」

恥ずかしすぎる……。

「すみません、色々ご迷惑おかけしてしまったのに結局こんなことになってしまって」

「そんなことはいいんだ。それより、もし時間があるなら、コーヒーでも飲んでいかない？」

尚も笑顔で彼は尋ねた。

「いいんですか？」

「もちろん。なんならそのままランチに付き合ってもらえたらありがたい」

「ランチ？」

リビングにかかった大きな丸い時計に目をやると午後十二時を少し過ぎていた。

もうこんな時間だったんだ。

お昼時にお邪魔なんかして、私ったらなんて厚かましいの！

「こんな時間に申し訳ありません！ランチだなんて、これ以上ご迷惑おかけしたら……」

「迷惑なんかじゃないよ。どうせ今日は一日予定はないし、一人より二人の方が断然有意義な時間を過ごせる」

まっすぐに私を見つめる瞳はキラキラしていて、私をおちょくっているのか真剣に言っているのか、もしくは私に気を使っていっているのか、全く読めなかった。

いいのかな？

こんな素敵な時間をもう少し過ごしちゃっても。

「迷ってる？」

「はい、正直」

「じゃ、ここは俺の家だ。俺に従って」

彼はコーヒーをカップに注ぐと、カップを持ってこちらにやってきた。

「まずはコーヒーどうぞ」

ダイニングテーブルの上に静かにコーヒーを置くと、私のために椅子を引いてくれた。