婚約破棄されたので、国の外れで錬金術姫になりました!~自由になった途端、隣国の王太子や精霊王や竜族から愛されています~
――今思い浮かんだことは何?
一瞬のめまいかと思える間に襲うように脳裏に浮かんだ情報量に、私は頭を振る。その記憶を取り戻すと共に、やがて頭の痛みは和らいでいった。
――あれは、記憶?
床に伏した体の上体だけを手で支えて起こす。
そして、しばらく待っていると、過去らしきものと今のごっちゃになった記憶や意識も落ち着いてくる。
床に長い銀髪がたれ落ちている。そう。黒髪黒目の、あの今見た私じゃない。
そうだった。
今の私は根国の南方に位置する辺境伯家の長女。この国の力関係が平らかであるために、王太子殿下と婚約させられていたのだった。
そして、あれは事故で亡くなった前世。私は薬学の研究者だった。
サバサバと男勝りに、好きなことを仕事にして生きてきた身だった。そんな私は勿論独身だ。男っ気もなかった気がする。
私は、ようやく頭の中が整理できてきて、冷や汗でぬれた額を手の甲で拭う。
――結婚したくないのであれば、どうぞご勝手に。
ふと、そう思いがよぎった。
よくよく考えれば、そもそも、別にこの王太子殿下と結婚したくて婚約したわけではない。お父様だって、泣く泣く差し出したようなものだ。正直この婚約は我が家にメリットはない。
一つ目は、王家側が我が家の力を縁戚という関係で押さえておきたいため。我が家の武力、経済力は、王家も侮れないほどだったから。
二つ目は、金銭的なメリット。ぶっちゃけていえば浪費がかさんでいた王家が、我が家が持っていく持参金が目当て。
エトセトラ、エトセトラ……。
要は、王家側が我が家と婚約関係を結んでおきたかったのだ。
そんな王家から、『王命』という名の下に婚約の打診が私に降ってわいてきて、我が家はお父様を筆頭にみながたいそう嘆いていた。
「何も、王家なんて実家に帰るにも難儀するような家ではなく、もっと親兄弟と頻繁に会うことができる近隣の土地の良家の男性に嫁した方が幸せというものだ」とそう言って。
私は兄妹の中でたった一人の娘だったから、余計なのだろう。
けれど、さすがに王命とあっては断れる縁談ではなかったのだ。
それなのに。
そんな心情で婚約をして差し上げたというのに、この男は、私に優しい思いやりを持った言葉すらかけてくれたことがないような相手。その上、浮気相手までいた様子だ。
――もう、未練持つ必要ないよね? いっそ喜ばしいほどよね?
この婚約が、先方から破棄されるんだから。
ね?
これほど嬉しいことはないわ。
とまあ、ちょっとわくわくしてきてしまう気持ちは一旦おいといて、ここはきちんとそれなりに聞くべきことは聞いておくべきかしら?
あとは、後顧の憂いを絶つためにも、ちょっと釘を刺しておく必要もあるし。
ここは、ちょうど夜会の場。
いつもなら、私はほとんど夜会などにはでない。けれど今日、なぜか王太子殿下から招待状が来て。
来てみたのはいいけれど、彼はエスコートのために私の元には来てもくれなかった。
さっきまでの私は、本来私をエスコートするはずの王太子殿下がいらっしゃらなくて、慣れない王都の夜会と、殿下がいらっしゃらないことの不思議さに、心細く思っていた。
そうしたら、この事件が勃発したのだ。
記憶を取り戻す前の私は、ごくわずかな身の回りの世話をする者達だけを共に、一人で遠く王宮に招致されていて、こういう社交の場では頼る人は本来王太子殿下だったので、とにかくとても心細かった。
そして、そんな慣れない人々のそうそうたる顔ぶれの並ぶ中で貶められたのだ。
きっと以前の私なら、恥じ入って逃げ出したかもしれない。
――でも、今の私はもう違う。
私は、今の状況を頭の中で整理する。
アネスタ家は国境を守る戦士達がたくさんいる領だ。領は土地の三分の一を砂漠で占められてはいるものの、輸出入で栄え豊かである。
しかも南側に接する砂漠が大半を占める国、サウザン王国とも、国に許可を得るでもなく大々的に交易を行っていて、経済的にも非常に潤っているのだ。
あれだ。
日本の戦国時代や江戸時代だって、海に面した国は、国の統治者に許可を特に得ずとも上手く交易をし、潤うもの。それと変わらない。
そう言う意味で、陸路海路と外国と接する私の実家は、兵力的にも経済的にも非常に優れていた。
だから、この婚約が持ち上がったのだ。
よーく考えればよくわかる話だ。
恥をかかされたのは私だけではない。
『アネスタ辺境伯家』が、公衆の面前で恥をかかされたのだ。ならば、それ相応の理由を聞かせてもらわないとならない。
――理由はどうするつもりなのだろう?
ちょっと楽しくなってきちゃった。
あ。不謹慎かしら。
ちなみに、何度もいっているけれど、この婚約は私と王太子殿下の間で決められたものではない。国と、アネスタ辺境伯家の間で取り結ばれた、家と家の婚約なのだ。
――この二人、わかっているのかしら?
うーん、ま、いっか。
前世で読んだ話的に、「今更戻れと言われてももう遅い!」的なテンプレ臭がプンプンするけれど。
いや、私を自分で持ち上げているわけじゃないのよ?
でもね、どう考えてもあの子に今からお妃教育は厳しい気がしてならないの。
だって、すごく大変だったのだ。それを十二歳から今まででなんとかやっとこなしたところなの。それを今すぐに身につくものかしら?
すごく大変よね?
覚悟はあるのかしら?
一瞬のめまいかと思える間に襲うように脳裏に浮かんだ情報量に、私は頭を振る。その記憶を取り戻すと共に、やがて頭の痛みは和らいでいった。
――あれは、記憶?
床に伏した体の上体だけを手で支えて起こす。
そして、しばらく待っていると、過去らしきものと今のごっちゃになった記憶や意識も落ち着いてくる。
床に長い銀髪がたれ落ちている。そう。黒髪黒目の、あの今見た私じゃない。
そうだった。
今の私は根国の南方に位置する辺境伯家の長女。この国の力関係が平らかであるために、王太子殿下と婚約させられていたのだった。
そして、あれは事故で亡くなった前世。私は薬学の研究者だった。
サバサバと男勝りに、好きなことを仕事にして生きてきた身だった。そんな私は勿論独身だ。男っ気もなかった気がする。
私は、ようやく頭の中が整理できてきて、冷や汗でぬれた額を手の甲で拭う。
――結婚したくないのであれば、どうぞご勝手に。
ふと、そう思いがよぎった。
よくよく考えれば、そもそも、別にこの王太子殿下と結婚したくて婚約したわけではない。お父様だって、泣く泣く差し出したようなものだ。正直この婚約は我が家にメリットはない。
一つ目は、王家側が我が家の力を縁戚という関係で押さえておきたいため。我が家の武力、経済力は、王家も侮れないほどだったから。
二つ目は、金銭的なメリット。ぶっちゃけていえば浪費がかさんでいた王家が、我が家が持っていく持参金が目当て。
エトセトラ、エトセトラ……。
要は、王家側が我が家と婚約関係を結んでおきたかったのだ。
そんな王家から、『王命』という名の下に婚約の打診が私に降ってわいてきて、我が家はお父様を筆頭にみながたいそう嘆いていた。
「何も、王家なんて実家に帰るにも難儀するような家ではなく、もっと親兄弟と頻繁に会うことができる近隣の土地の良家の男性に嫁した方が幸せというものだ」とそう言って。
私は兄妹の中でたった一人の娘だったから、余計なのだろう。
けれど、さすがに王命とあっては断れる縁談ではなかったのだ。
それなのに。
そんな心情で婚約をして差し上げたというのに、この男は、私に優しい思いやりを持った言葉すらかけてくれたことがないような相手。その上、浮気相手までいた様子だ。
――もう、未練持つ必要ないよね? いっそ喜ばしいほどよね?
この婚約が、先方から破棄されるんだから。
ね?
これほど嬉しいことはないわ。
とまあ、ちょっとわくわくしてきてしまう気持ちは一旦おいといて、ここはきちんとそれなりに聞くべきことは聞いておくべきかしら?
あとは、後顧の憂いを絶つためにも、ちょっと釘を刺しておく必要もあるし。
ここは、ちょうど夜会の場。
いつもなら、私はほとんど夜会などにはでない。けれど今日、なぜか王太子殿下から招待状が来て。
来てみたのはいいけれど、彼はエスコートのために私の元には来てもくれなかった。
さっきまでの私は、本来私をエスコートするはずの王太子殿下がいらっしゃらなくて、慣れない王都の夜会と、殿下がいらっしゃらないことの不思議さに、心細く思っていた。
そうしたら、この事件が勃発したのだ。
記憶を取り戻す前の私は、ごくわずかな身の回りの世話をする者達だけを共に、一人で遠く王宮に招致されていて、こういう社交の場では頼る人は本来王太子殿下だったので、とにかくとても心細かった。
そして、そんな慣れない人々のそうそうたる顔ぶれの並ぶ中で貶められたのだ。
きっと以前の私なら、恥じ入って逃げ出したかもしれない。
――でも、今の私はもう違う。
私は、今の状況を頭の中で整理する。
アネスタ家は国境を守る戦士達がたくさんいる領だ。領は土地の三分の一を砂漠で占められてはいるものの、輸出入で栄え豊かである。
しかも南側に接する砂漠が大半を占める国、サウザン王国とも、国に許可を得るでもなく大々的に交易を行っていて、経済的にも非常に潤っているのだ。
あれだ。
日本の戦国時代や江戸時代だって、海に面した国は、国の統治者に許可を特に得ずとも上手く交易をし、潤うもの。それと変わらない。
そう言う意味で、陸路海路と外国と接する私の実家は、兵力的にも経済的にも非常に優れていた。
だから、この婚約が持ち上がったのだ。
よーく考えればよくわかる話だ。
恥をかかされたのは私だけではない。
『アネスタ辺境伯家』が、公衆の面前で恥をかかされたのだ。ならば、それ相応の理由を聞かせてもらわないとならない。
――理由はどうするつもりなのだろう?
ちょっと楽しくなってきちゃった。
あ。不謹慎かしら。
ちなみに、何度もいっているけれど、この婚約は私と王太子殿下の間で決められたものではない。国と、アネスタ辺境伯家の間で取り結ばれた、家と家の婚約なのだ。
――この二人、わかっているのかしら?
うーん、ま、いっか。
前世で読んだ話的に、「今更戻れと言われてももう遅い!」的なテンプレ臭がプンプンするけれど。
いや、私を自分で持ち上げているわけじゃないのよ?
でもね、どう考えてもあの子に今からお妃教育は厳しい気がしてならないの。
だって、すごく大変だったのだ。それを十二歳から今まででなんとかやっとこなしたところなの。それを今すぐに身につくものかしら?
すごく大変よね?
覚悟はあるのかしら?