一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。
副社長に打ち明けると決心したものの、翌日から探してはいるが会えぬ日々。
どうやら噂によると今副社長は出張に出ているらしい。
就業後、自宅に戻った私はどうしたものかと考えて、ふと、思い出した。
「……そういえば、あの時名刺もらったんだっけ……」
どこにしまったのかを思い出せなくて、鞄の中をくまなく探す。
そして数分後。
「あ、あった」
財布の中から見つかった、一枚の名刺。
名前の下に書いてある会社の番号とは違う電話番号。
携帯番号だから、これだろう。
自分のスマホを取り出して、番号を打ち込む。
そして後は発信ボタンをタップするだけ、なのだが。
その"あと一歩"が踏み出せない。
これをタップすると、副社長に電話がつながるのだ。
緊張して、心臓がバクバクと音を立てる。
それでも、静香にも宣言した。
もう次の受診まで時間が無い。
意を決して、画面をタップした。
耳に当てると、無機質なコール音が鳴り響く。
ついこの間静香に電話をかけた時よりも、コール音は長く感じた。
実際に長かったのだろう。
緊張で脳が爆発してしまいそうだ。
もう切ってしまおうか。そう思って目をギュッと閉じる。
そんなタイミングで、そのコール音は急に途切れた。
『───はい、蒼井です』
スピーカー越しに聞こえる副社長の声に、一瞬呼吸を忘れた。
『もしもし?』
私が何も喋らないから不思議に思ったのか、怪訝な声が聞こえてきて。
『……あっ、えっと』
止まっていた呼吸。思い切り吸ってから慌てて口を開く。
しかし電話を掛けたは良いものの、何をどう話せば良いのかを考えていなかったため、言葉に詰まる。
『どちら様ですか?』
ご尤もな疑問に、
「あのっ……夜分遅くに申し訳ありません。……鮎原です」
と噛みそうになりながらもなんとか答えた。
すると
『え?───鮎原さん……!?』
驚いたような声に、私は電話なのに大きく頷いた。
「……はい。鮎原です」
『どうして僕の番号を……』
「先日名刺をいただいたのを思い出しまして」
『あぁ!なるほど』
明るくなった声に、私は本題をどう切り出そうか考えていた。
『鮎原さんから連絡してくださるなんて、嬉しいです』
光栄な言葉だ。
しかし副社長の明るい声とは対照的に、私の声はどんどん暗くなる。