一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。
「……先月のこと、それからつい先日のことも。謝らないといけないと思いまして。本当にすみませんでした」
元はと言えば酔いすぎた私がいけなかったし、いくら怖くなったからと言ってもお金だけ置いて勝手にいなくなったのは本当に最低だったと思う。
ついこの間も逃げた挙句に病院に連れて行ってもらって。本当に情けない。
しかし謝る私と同じトーンで副社長も謝ってきた。
『いや、謝るのは僕の方です。お酒の勢いとは言え、許される行為ではありませんでした。申し訳ございませんでした』
静かな声に、私は一つ唾を飲み込む。
「あ、あのっ……」
意を決して呟いた私の勇気を捻り潰すように、副社長は電話の向こうで誰かに呼ばれた。
『あ、鮎原さん、ちょっと待っててくださいね』
そう言って保留音が流れたスピーカーに、私は苦笑いをこぼす。
───そうだ。彼は今出張先なのだ。そしてあの感じは、まだ仕事中。
私の都合で急に電話をかけて、仕事の邪魔をするわけにはいかない。
保留音が流れるスピーカー。
それをそっと耳から離して、終話のボタンをタップした。
プツリ。切れた電話には、虚しく通話時間だけが表示された。
……何も相談できなかった。
下腹部に手を当てる。
もしかしたら、電話が切れたことに気が付いてすぐに折り返してくるかもしれない。
それでまた仕事の邪魔をしたくなかった私は、スマホの電源を切った。
何か食べよう。そう思って晩ご飯を用意したものの、いざ食べようとしたら何故か急に吐き気が込み上げてきてトイレに駆け込んだ。
……これが、悪阻ってやつ?
本当に吐き気がするんだ。
テレビで見た時よりももっと強烈に襲ってくる吐き気に、私は何度も胃液を吐いた。
喉が荒れて、ヒリヒリと痛む。
口を濯いで、ついでに歯磨きをして。
疲れ切った私はご飯を食べるのをやめた。
晩ご飯はラップして冷蔵庫に。お風呂にも入らずに、布団の中に潜り込む。
あぁ、寂しいなあ。
暗い部屋に一人でいると、どうしても寂しさが優ってしまう。
副社長と関係を持ったあの日から、私はどうしようもない寂しさに押しつぶされそうになっていた。
"いい?妊娠にストレスは大敵なんだから、あんまり溜め込んじゃダメだよ?"
静香の言葉を思い出す。
思い出して、目に涙がじわりと滲んだ。
妊娠するとナーバスになるとはよく聞くけれど、まさか自分がそんなことになるなんて思ってもみなかった。
お腹は空いているのに食べようとすると吐き気が襲う。
具合の悪さを忘れたくて、そのまま目を閉じた。