一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。
「だからあの日、朝起きたら貴女がいなくて。本当に焦った。柄にも無くパニックになって泣きましたよ」
「……すみません。どうしたらいいかわからなくなってしまって。逃げたんです」
「それが普通の反応です。"男に襲われた"と警察に通報されていてもおかしくなかった。僕も後からそう思って、なんて酷いことをしてしまったのだろうってずっと悔やんでいました」
だからまた会えた時は、嬉しかった。
本当に嬉しそうにそう呟いた副社長は、私をそっと抱きしめる。
「まさか同じ職場だとは思いも寄らず、知った時は驚きました」
「……ご存知でしたか」
「つい最近。貴女のことが知りた過ぎて、職権濫用しました」
……サラッと怖いことを言ってのけた。
「バレたら問題になりますよ?」
「知ってしまった貴女も共犯です」
くすりと小さく笑った声に、頭を抱えそうになる。
「……タチ悪いですね」
「貴女を手に入れるためなら、何でもするつもりでしたので」
私の肩口に顔を乗せて、ゆっくりと何度も深呼吸する副社長。
その大きな背中に、腕を回す。
「鮎原さん、下のお名前を、教えてくださいませんか」
「私のこと調べたのであれば、ご存知のはずですが」
「……直接、鮎原さんの口から聞きたいんです」
優しく甘い声に、心が絆されるよう。
「……鮎原、美玲です」
「……美玲、さん」
「……はい」
スッと胸に入ってきた声に、バクバクと鳴っている心臓がなんだか段々と落ち着いていくような気がした。
副社長に抱きしめられていると、なんだか安心できるような気がする。
「……美玲さん」
「はい」
「僕と、結婚してくれませんか」
耳元で囁くように呟いた声に、私はその胸板を押して身体を少し離す。
「それは、私が妊娠したからですか?」
「え?」
「妊娠させたから、責任を取る、みたいなことですか?」
不安そうな顔をしていたのだろうか。私の顔を見た副社長は何を思ったか、吸い寄せられるように一つキスを落とす。
ゆっくりと離れた唇に、私は目を見開くだけ。
それに副社長はふわりと笑った。
「……僕は、美玲さんが妊娠してようがしていまいが今日、結婚を申し込むつもりでしたよ」
「え?」
「噂によると、うちの会社を辞める相談をなさっていたと、総務部長から聞きました。会えなくなる前に、先に繋ぎ止めておきたかった」
「……あ」
そういえば、引き継ぎとかの問題で退職するならいつ頃までに言えば良いのか、一回聞いたことがあったっけ。
「退職理由は詳しくは聞くつもりはありませんが、僕は美玲さんを手放すつもりはありませんから」
まさか、そんなことを言われるなんて微塵も思っていなかった。
不覚にもときめいてしまったじゃないか。