一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。
「もちろん、美玲さんの気持ちを一番に優先するつもりです。美玲さんが僕のことを嫌いであれば、潔く身を引こうと思っています」
「……嫌いなわけでは、ありません。それに妊娠したので、多分どの会社にも雇ってはもらえません。面接も決まっていましたが、辞退しようと思っています」
「そうでしたか」
すぐに産休に入る人間を雇ってくれるとは到底思えない。
静香もそれに了承しており、転職の話は一旦白紙に戻っていた。
「自分勝手なことを言っているのは重々承知の上で申し上げます。
もし美玲さんが産みたくないと仰るのであれば、それを否定するつもりはありません。ですがもし、少しでも産みたいという気持ちがあるのであれば、僕個人の想いとしては、産んでほしい。それだけじゃなくて、美玲さんと二人で一緒にその子を育てていきたい。そこに僕に対する気持ちがあれば、尚のこと嬉しい。ただそれだけです」
伏せた目元からは憂いが漂っていた。
私の言葉一つでお互いの人生が百八十度変わるかもしれない。
だから、軽はずみなことは言えなかった。
「……産みたいかと聞かれたら、正直わかりません。まだ未熟な私が、子育てできるのかなんて、全く想像ができなくて。
……でも、じゃあ堕すのかと聞かれたら、堕したくは……ありません」
それが今の、正直な気持ちだ。
「でも子どもを産んで育てるって、そんな簡単なことじゃないと思うから。一時の感情で決めていいものではない。そう思うんです」
「はい。仰る通りです。だから美玲さんさえ良ければ、貴女とたくさん話し合いたいと思っています。何度でも。妥協せずに、お互いが納得する答えを出したい」
「……そうですね。出来れば堕したくはないので、産む方向で」
「ありがとうございますっ……!」
副社長はパアッと顔を明るくしたかと思うと、もう一度そっと抱き締めてきた。
「ま、まだ結婚を承諾したわけではありませんのでっ……」
「わかってます。ですが、僕も諦めるつもりはありませんので、そのおつもりで」
「……っはい」
ふわりと温かいその体に包まれて、色々と考える。
もしこの人と結婚したら、私とこの子は幸せになれるのだろうか。
また、どこかの男みたいに浮気されたりしないだろうか。
産んだら産んだで、子どもや私に手を上げてくるような人じゃないだろうか。
様々な不安が頭の中を駆け巡る。
今日はもう、私が限界だった。
副社長の高級外車で、自宅まで送ってもらった。
「何かあったら、いつでも呼んでください。すぐに駆けつけます」
去り際にそう言って頰にキスを落とした副社長は、歩き慣れた道でも転ぶと危ないと言って部屋までのわずかな距離も送り届けてくれた。そして私が部屋に入るのを確認してから手を振って帰って行った。