ふたりで解く

ふたりで解く




「彩月」

 聞き慣れた愛おしい声に誘われて、瞼をうっすらと開ける。
 目の前には、暗い部屋と真っ白なシーツ。
 全身を包み込む心地のいい温もりに、わたしはもう一度瞼を閉じた。

「また寝ちゃった?」

 その優しい声色に、まだ起きてるよ、と返事をしたいのに眠気が勝って唇が開かない。
 返事をするのは諦めて、声がする方とは反対側に寝返りをうとうと身体を動かすも、まったく自由がきかないことに気付く。
 さっきまで重たかった瞼を、今度はパチリと開いた。

「あ、起きた」

 悠李は幸せそうな顔つきのまま身体を起こすと、微笑みを携えてわたしのおでこにキスを落とした。
 身体の自由が戻り、さっきで抱きしめられていたのだと分かった途端、両手首を縫い付けられて再び自由がきかなくなる。
 下着だけしか身に着けていなかったことを思い出し、急に恥ずかしくなったわたしは悠李から逃げるように顔を逸らした。

「そういうとこ、ほんと変わんないな。もう慣れたと思ってた」
「慣れるわけないじゃん。恥ずかしいもん」
「もう何回もしてんのに?」
「回数なんか関係ないよ。わたしはこれからもずっとこうだと思う」 
「本気で言ってんの? 可愛いすぎ。どれだけ夢中にさせたら気がすむんだよ」

 悠李は、赤ちゃんみたいに目尻を下げて無邪気に笑った。
 わたしの大好きな笑顔だ。
 もう何度も見ているのに、この笑顔を見る度に胸がぎゅっと鷲掴みにされて苦しくなる。
 どっちが夢中にさせているんだろう。
 ちらりと見上げると、素肌を晒した悠李がわたしの様子を眺めている。

「悠李は余裕そうだね。わたしは全然、余裕なんかないのに」
「そう見えるだけだろ」

 返事をする前に、わたしの唇が悠李の唇で塞がれる。
 悠李に求められていると実感できる、貪るようなキス。
 でも、期待が膨らむわたしをよそに、熱くて柔らかな唇はすぐに離れていった。

「なあに?」
「続き、してもいい?」
「どうしてそんなこと聞くの?」

 いつもなら強引に推し進めるのに、思わず笑みが零れる。
 まるで付き合いたての頃みたいだ。

「明日は結婚式だから。無理させたらだめかなって」
「うーん……そうだね」

 大学を卒業してから2年が経ち、わたし達は明日結婚式を挙げる。
 仲の良かった友達も呼んで、盛大なパーティーを開く予定だ。
 明日は思い出話に花を咲かせ、たくさんお酒を飲んでハードな一日を過ごすことになるだろう。
 わたしはしばらく考えてから悠李に微笑みかけた。

「じゃあ、今日はお預けにしよっか」
「だよな」

 悠李は残念そうに、わたしの両手首を解いた。
 自由になった両手で隣に寝転んだ悠李を抱きしめると、すぐに抱きしめ返され素肌を密着させる。
 
「ねえ、その代わりにさっきまでみてた夢の話してもいい?」
「いいよ、どんな夢みてたの?」

 わたしのおでこに、悠李が愛おしそうに唇を寄せる。

「わたし達が付き合う前からの夢。わたしが悠李のことどんな風に思ってた、とか」
「それは気になる。聞かせて」

 悠李に優しく頭を撫でられて、二人で過ごす穏やかな時間はこれからもずっと続いていくだろうことをわたしは予感した。
 窓から漏れる2月の満月の光に淡く照らされながら、幸せな未来を胸いっぱいに抱く。
 綻びができても、こうして何度も二人で解いていけばいい。
 ゆっくりと、ゆっくりと、時間をかけて。




















ふたりで解く【了】










 
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