夫婦間不純ルール
「え? 来週はここには来れないんですか、それは寂しいな」
コーヒーを運ぶ手を止めて、奥野君はちょっとガッカリしたような顔でそんなことを言う。本当にそう思っているのかは分からないけれど、私に会えるのを楽しみにしてくれているのは正直嬉しい。
……あの日から仕事が休みの土日のどちらかは、こうしてこの喫茶店に足を運ぶようになった。
「ええ、夫から取引先のホームパーティーへの同伴を頼まれたの。せっかくだからこの機会に恩を売っておこうと思って」
「ははは、なんか昔の雫先輩に戻ってきた感じですね。再会した時は別人みたいな雰囲気だったのに」
冗談のつもりだったのだけど、どうやら奥野君のツボに入ったらしく彼は楽しそうに笑ってる。その笑顔を見ていると、何故だか私もほっこりと癒された気持ちになって。
夫の岳紘さんの前でも表面上の笑顔は作れるようになった、でもそれはやはりただの作り物でしかなない。そう考えると、今の方がずっと自然に笑えている。
「どうしてかな、奥野君の前では飾らない心で笑えるのに。夫の前ではそんな風に出来ないの」
「それはそうでしょう。楽しくも嬉しくもないのに、どうしたら自然に笑えると思ったんですか?」
奥野君の言葉は的確で、何も間違っていない。確かに私はそこに喜びも可笑しさも欠片も感じてはいない。それなのに夫の前では笑顔でなければいけないと思っていたから……