夫婦間不純ルール
これはちょっとマズいかもしれない。ここに来ているという事はこの男性も柳澤さんの知り合いのはず、下手に騒いで大事にはしたくない。
そう思って愛想笑いを浮かべて少しずつ距離を取ろうとするが、相手もその分私の方へと近付いてくる。
「ねえ、君の名前と連絡先を教えてくれないかな? 今夜、連絡するからさ」
ニッと浮かべられた爬虫類のような笑みに、ぞっとして体中に鳥肌が立つかのようだった。気持ちが悪い、そう思って逃げ出そうとする前に手首が掴まれる。
より近付くと男性から微かなアルコールの匂いがする、もしかすると酔っぱらっているのかもしれない。そう思うと余計に怖くなる、強い力で引き寄せられて転ぶように男性の方へと倒れかけた。その時――
「そう気安く俺の妻に触らないでもらえますか?」
「え……」
酔っぱらいの男性の腕の中に倒れこむ前に、腰に腕を回され後ろへと引き寄せられる。同時に耳元で聞こえたその声に、驚きを隠せないでいた。
「大丈夫か、雫。気付くのが遅くなってすまない」
「岳紘、さん? どうして……」
さっきまでこの辺にはいなかったはずなのに、こんなタイミングで現れるなんて。でも近くにいたにしては彼の息が乱れているから、見つけて急いで来てくれたのだと分かった。