夫婦間不純ルール


「……奥野(おくの)君、久しぶり」

 マスターから私の伝言を聞いている筈なのに、いつもと変わらない人懐っこい笑顔。私だけじゃなく、奥さんにも見せるその表情に何となく胸が苦しくなった。
 奥野君に対して特別な感情なんてない、そのつもりなのに心はどこかちぐはぐで。自分の気持ちに自信がなくなるのはどうして?
 私が想うのはいつだって夫の岳紘(たけひろ)さん、ただ一人のはずなのに……

「うん、久しぶりですね。(しずく)先輩、もしかしてちょっと痩せました?」

 不意に伸ばされた手に、私は驚いて少し大げさに仰け反ってしまう。もちろん奥野君の行動に深い意味は無いと分かっているのに、その手に触れられるのが怖いのだ。
 そんな私の過剰な反応を気にもしないように、奥野君はその手を引っ込めて私の目の前に座る。それが当然だというように。

「痩せたかもしれない、ちょっと……色々あって」
「ここにずっと来なかったのもそれが理由ですか? 俺とはもう会わないと決めたのも?」

 それは違う、奥野君と合わないのを決めたのは彼と奥さんの仲睦まじい姿を見たからだ。私達夫婦とは全く違う、その幸せそうな様子に嫉妬を感じてどうしようもなく悔しくなった。
 そんな自分を……後輩の奥野君に知られたくなかったの。でも、それを素直に言えるはずもなくそのままだんまりを決め込んでいると。

「……それじゃあ、やっぱり俺に協力して欲しくなったんですか?」


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