夫婦間不純ルール
「この店ははじめてですよね、ゆっくりしていってくださいね」
「ええ、ありがとうございます」
目の前に置かれたアイスコーヒーとピーナッツの小袋、店内に流れるクラシックと優しげな雰囲気のマスター。
のんびり本でも読もうと入り口近くの棚に並んでいた雑誌を一つ手に取り席に戻ると、いつの間にか隣の席に男性が座っていた。
「……あれ?」
「?」
私が席に座り直すと、じっとこちらの顔を見つめてくる男性。何かついているのだろうかと右手で頬を撫でる、その仕草を見てその人はグッと顔をこちらに寄せてきた。
「久しぶりです、雫先輩ですよね? 俺のこと覚えてませんか、奥野です。奥野 雅貴!」
「えっと、あの……ヤンチャだった奥野くん? 嘘でしょう?」
私の記憶にある奥野 雅貴という人物とはまるで別人のようだった。
いつもボサボサだった黒髪はパーマがかかっており、明るく染められている。少しポッチャリだった体型もスマートになりずいぶん背も高くなったようだ。服装にも無頓着だったのに、今着ているのはブランドのシャツにスラックスとシンプルだがおしゃれだ。
人懐っこい彼を部活の先輩として面倒見ていたのは高校の頃のはずなのに、まるで別人のような素敵な男性へと変わってしまっていた。
「嘘じゃないですって、俺はすぐに雫先輩かもって気付きましたもん!」
「……それって、私が学生の頃と代わりがないってこと?」
私だって奥野くんほどではないかもしれないが、お洒落な服を着ているしメイクだって手を抜いていない。それなのに、すぐに分かるなんて……