夫婦間不純ルール

「そうじゃないですよ、先輩はすごく美人になってますから。でも独特の雰囲気とか頬を撫でるときに小指だけ曲げる癖とか、あの頃のままでしたし」
「そんなこと、よく覚えてるのね……」

 奥野(おくの)君の記憶の良さに少し驚いていると、彼は年相応の笑みを浮かべて楽しそうに話を始める。こちらの都合などお構いなしに。

「そうですね、他にも覚えてますよ。(しずく)先輩の好みのタイプも得意な教科も、そして苦手な食べ物も」
「ちょっと気持ち悪いわね、そこまで細かく憶えられてるなんて。もしかして私のことストーカーでもしてた?」

 もちろん冗談、こんなことを気にするような性格ではないことは分かって言っている。奥野君は一瞬唖然とした後、テーブルに突っ伏して声を殺すように笑い出してしまった。
 震える肩や背中が私の知ってた頃よりも広くなった気がする、こう言ってはなんだが妙に彼が男性だと意識させられる。少なくとも、こんなこと学生時代の奥野くんには感じたことはなかったのに。

「……そろそろ笑うのを止めたら? そういう大袈裟な反応は昔と変わらないのね」

 奥野君は学生時代からよく笑い時には怒り、人の悲しみも自分のことのように涙を流すような男の子だった。そんなところが何となく放っておけなくて世話を焼いてしまっていた。
 私にとって彼は、手のかかる弟のような存在だったのかもしれない。


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