夫婦間不純ルール
「生意気ね、別にその程度の事どうだっていいわ」
夫の岳紘さんがしないようなその行為に声が上擦りそうになる。奥野くんだってこんな気障な手を使うような子じゃなかった、それなのに……
悔しい、慣れない男性との距離に私の方が不利だと嫌でも気付かされる。
「そうは見えないけど、相変わらず負けず嫌いですね。そういうとこ、変わってなくて嬉しいけど」
奥野くんの意味深な笑みに背筋がゾクッとした。怖い訳じゃない、ただなんとなくその言葉と瞳の奥に秘められた何かが気になった。
それを知りたいと思うのに、これ以上興味を持ったらいけないような……
このままではいけないと奥野くんに掬われた髪を強引に取り戻す、彼の思い通りにこんな雰囲気のまま会話を進めてやる必要なんてないのだし。
「そういう紛らわしい態度、奥さんに悪いと思わないの?」
「……そうですね、彼女がそう思わせてくれるような相手なら良かったのにね」
私の言葉に驚いた様子も悪びれた様子も見せなかった。それなのに、自分で言ったこの一言に少しだけ彼は傷ついた表情を見せた。
「あ、奥野くん……?」
「すみません、そろそろ戻らないと。もし雫先輩が俺に会いたくなったら土曜日、またここで会いましょう。それじゃ!」
止める暇もなく彼はマスターに片手をあげて店から出ていった。きっといつものことなのだろう、マスターはそんな奥野くんの様子に驚きもせず残されたコーヒーのカップを片付けていた。