夫婦間不純ルール
Rule 3
「すまない、待っただろう? 予定よりも会議が長引いて……」
「気にしてないから謝らないで、私もちょっと遅れそうだったから」
普段時間をきっちり守るタイプの私が遅れそうになったとことに驚いたのか、岳紘さんは戸惑っているようにも見えたがそれは気にしないことにした。
……遅れそうになった理由なんて言えるわけもないし、これから先あの喫茶店に行くつもりもなかったから。今日、彼と会ったことは忘れてしまえば良い。この時はまだそう考えていたのに……
「店に行こう、連絡しておいたからまだ大丈夫だ」
すぐにいつも通りの表情に戻ると、岳紘さんは私を丁寧にエスコートしてくれる。きちんと妻として前と変わらないように扱ってくれる優しさに、どうしても複雑な気持ちにもなる。
『嫌い』だとは一言も言われていない。好きだ、愛してる等の言葉をもらったこともあるわけではなかったが。
「ここなんだが、知人に紹介してもらって。雫を一度連れてきたかったんだ」
「素敵なお店ね、ありがとう」
豪華なレストランというより、どちらかと言えば隠れ家風の小さなお店だった。綺麗に剪定された植木が並んで店の回りを囲っている、その隙間から漏れる明かりが何かの童話のワンシーンを思い浮かび上がらせるような気がした。
「いらっしゃいませ、奥のテーブル席へどうぞ」
「ありがとう、遅れてすまなかった」
まだ若そうな店のスタッフが笑顔で私たちを席へと案内してくれる。一瞬だけそのスタッフの男性が岳紘さんに意味深に微笑んだように見えたのは私の気のせいだろうか?