夫婦間不純ルール
待っている時間は長かった。実際そう長い時間は経っていなかったのかもしれないが、私を不安にさせるには十分すぎるくらいだった。
私の知らないオシャレなレストラン、岳紘さんはまた別の店に連れて行ってくれると言ったが……普段仕事ばかりの彼が何故そんな店をいくつも知っているのか。
仕事仲間や取引先との話し合いに使うようなお店じゃない、どう見ても女性が好むようなデートなどに向いている場所だと思う。実際他のテーブルではカップルばかりが楽しそうに話している。
……私たちがこうしてここにいる事に、違和感すら感じそうになってくる。
「待たせて悪かった、残業していた社員にまだ経験の浅い子が多くて話が長くなった」
「そう、忙しいのなら無理に時間を作って出かけなくてもいいのよ?」
私の口から出たのは、皮肉とも取れる言葉だった。仕事を頑張っている夫に対して、今までは素直に応援出来ていたのに……今日は、それが出来なかった。
岳紘さんが驚いた顔で私を見ている、その視線から私は黙って顔を背けてしまう。
「雫……?」
ずっと良い妻でいよう、彼から好ましく思われる女性でありたいと思ってたのに。岳紘さんが私に触れなくても、それでも前向きに二人の未来を考えていたはずだった。
それなのに……とうとう私の中で少しずつ何かが狂い始めてしまったような気がしていた。
「もしかして具合でも悪いのか、雫」
「ううん、でも少し疲れてるのかも。そろそろ帰りましょうか」
私の言葉に岳紘さんが微妙な顔をしたような気がしたが、あえて見て見ぬ振りをした。今の自分には余裕がない、これ以上この人と一緒にいて冷静でいられる自信もなかった。
彼が意味深に片手をポケットに入れている事にも気付かず、私は帰る前にお手洗いに行くと言って席を立ったのだった。