夫婦間不純ルール

 あの日の夜を全て無かったことにして、私たちの夫婦関係を一からやり直せるのならそうしたい。もしも岳紘(たけひろ)さんがそう望んでくれたなら、そう口にしてくれればどれだけこの時の私は救われただろうか?
 けれども岳紘さんはそれ以上は何も言わずに、彼の自室へと戻って行ってしまった。私たちの気持ちはこのまますれ違い、もう二度と同じ道を歩む可能性はないのかもしれない。
 それが悲しくて堪らないのに、不思議と涙は出ない……心の中の何かが壊れてしまったのか? ぶるり、と寒さを感じ両腕をさするが、多分私の欲している温もりはきっと違うものだ。
 こんな時に浮かぶのが、あの時に私へ触れた奥野(おくの)君の指先だなんて……本当にどうかしている。

 一人残されたリビングは寒々しくて自室に戻ろうかとも思ったが、なお辛くなりそうでテレビをつけて何度かチャンネルを変える。少しでも気分を変えようと明るい番組を探してみるつもりだった。
 そんな時……

【今日のゲストはカリスマ、ヘアメイクアーティストの『REIKA-OKU』さんです! どうぞ〜!】

 テレビの画面、華やかなスタジオで大きな拍手を向けられているのは最近とても人気の女性だった。二十代で何店舗も店を持ち、テレビや雑誌に引っ張りだこのカリスマヘアメイクアーティストだそう。
 笑顔で司会者の質問に受け答えするその姿はまるで人生の成功者、なんとなく今の自分と正反対にも見えた。

「こんな女性もいるのに、私は……どうして?」

 彼女が努力してその立場を手に入れたことくらいわかる、それなのにこんな僻みみたいな言葉を呟いてしまうほどには私も滅入ってしまっていたのかも知れない。


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