夫婦間不純ルール
Rule 6
落ち着かない気持ちのままタクシーの会計を済ませ、玄関の鍵をバックから取り出そうとしたのだけど。私が玄関の前で立ち止まったピッタリのタイミングでドアが開いて、驚きで息が止まるかと思った。
「おかえり、雫」
「あ、岳紘さん……」
いつもは私が彼の帰りを待つばかりで、こうして出迎えられたことなど初めてだった。何度か私が外出して遅くなっても、岳紘さんはリビングで座っているだけだったから。
それでも先に一人で眠っていないのが彼の優しさなのだと、ずっと自分に言い聞かせてきたのに。
「どうして?」
「……疲れただろう、風呂を沸かしておいたから入ると良い」
意味が分からない、岳紘さんも自分自身も。
コーヒーの詰め替えのために急いで帰ってくる必要はないのに、こうして戻ってきてしまう私。あんなルールを決めておいて、今になって妻を思いやるような言葉をかける目の前の夫。何もかもがおかしいのに……
「ありがとう、そうさせてもらうわね」
中途半端に優しくされる方が辛いのだと、言ってしまえば楽になれるのかもしれない。岳紘さんへの想いを今も抱いたままの私は、それでも彼の一瞬の優しさを撥ねつけることさえ出来ないでいる。
こうして思い遣る態度を見せながらも、彼は私が他の男性と繋がることを望んでいるのかと考えればどうしようもなく胸が苦しくて……
「そうだわ、コーヒーの詰め替えを」
「そんなのはいいから、先に体を温めておいで」
そう言う岳紘さんから、いつになく強引にそのまま浴室へと押し込まれてしまったのだった。