夫婦間不純ルール
Rule 7
「すみません、もうすぐ閉店なんで……お客さん?」
勢いよく店の扉を開くと、前に来た時と同じマスターらしき男性がこちらを見て話しかけてきたのだけど。何故が戸惑うような表情をしたその男性を見て、自分の目から涙が零れていたことに気付く。
私が思っているよりもずっと、自分自身が限界を感じていたらしい。止めようと思えば思うほどに瞳からはとめどなく涙が溢れてくる、まるで決壊が壊れたかのように。
「あ、閉店なんですよね? すみません、すぐ出ますから」
「いいですよ、その奥の席に座ってください。どうせ僕も明日の準備にもう少しかかりそうだったからね」
あえて彼に近いカウンターではなく、離れた奥の席を勧めてくれたのもきっとマスターなりの気遣いだろう。窓もない席に座り、溢れる涙を手で拭っているとおしぼりとホットコーヒーがテーブルに置かれた。
「あの、私……」
「試作品なんです、後で感想を聞かせてくださいね」
それだけ言うと、マスターはまたカウンターの中に戻りグラスを拭き始める。途中何かを思い出したように「ちょっと忘れ物を取ってきますね」とだけ言うと、そのまま奥の扉の向こうに行ってしまう。
いい人過ぎるんじゃないかと思いながら、温かなおしぼりで目元を優しく拭う。他人からの思いやりがこうも心に染みるのに、どうして一番大切だと思う相手からの優しさがこんなに辛いのか。
それはきっと……その優しさのわけが私への後ろめたさからなのだと気付いてしまったから。