夫婦間不純ルール
奥野君は戸惑ったように私の様子を窺うが、彼の表情は大型犬が飼い主を心配そうに見る姿に似てて何となく癒された。
それは私が今まで岳紘さんと過ごしていても、決して得られることが出来なかったもの。
「いいえ、何でもないの。それより、どうして私がここにいることが分かったの?」
「雫先輩が泣いてる気がしたから、とか言えればヒーローみたいで良いんですけどね。本当はマスターから連絡を貰いました、貴女が店に来てるって」
そう言っておどけたように笑って見せるのも、きっと私を励まそうとしてくれているのだと思う。どうやらこの店のマスターと奥野君は古くからの付き合いらしく、休日には一緒に出掛けたりもするような仲らしい。意外だった。
「こんな時間に外に出ることに、奥野君の奥さんは反対しなかったの……?」
自分は嫌な人間だと思う、彼に妻という特別な女性がいることをちゃんと分っていてこんな質問をしている。奥野君がここに来てくれてなければ、私はきっとまだ涙も止められないままだったに違いないのに。
「彼女はこんなに早くにマンションに帰って来ませんから、反対もなにも」
視線を左手の薬指に落とした奥野君、その表情はどこか寂し気で。私と同じように、彼も夫婦関係に何かしらの悩みがあるのだと気付かされた。
家で相手を待つ時間が、どれだけ孤独で寂しいかを私もよく分かってる。それはきっと奥野君も同じことで……