夫婦間不純ルール
岳紘さんの帰りはいつもわりと遅くて、これくらい帰るのが遅れても彼に知られることは無いと思っていた。だからもちろん、普段の時間に帰らない私を夫が心配するとは考えてもいなくて……
「どうして、こんな時間に帰ってるの? もしかして体調が悪かったとか、それならスマホに連絡してくれれば良かったのに」
「いや、今日は直帰で良いと上司に言われたんだ。せっかくだから雫と出かけようかと思っていたんだが、君が帰ってこなくて」
それならば余計に何故連絡をくれなかったの? まるで普段通りに帰ってくるのが当然のように言われた気がして、少しだけ苛立った。
自分は仕事の付き合いだ何だと、メッセージ一つで遅く帰ってくるのも珍しくないくせに。今ならそれも本当に仕事だったのかと、疑う気持ちまで生まれて。
「それはごめんなさい。でも私には子供もいないし、少しくらい職場の人との付き合いも必要かと思って。もし、何かあった時の為にね」
「……それは、どういう意味なんだ?」
私が含んだ言い方をしたのに気付いたのだろう、岳紘さんの表情がいつも以上に固いものになった。普段だったらこういう時に私は、必死で彼をこれ以上不機嫌にしないようにと気を使っていたのだけどそんな気にもなれなくて。
「そうね、人生って何が起こるか分からないもの。それこそ誓いを立てた夫婦だって必ず添い遂げるとは限らない、そういうものでしょう?」
「雫、君は何を言って……?」
珍しく戸惑ったような表情を浮かべた岳紘さんを見て、自分が余計な事まで口にしてしまったのだと気付く。言葉に詰まっている彼から逃げるように、私はそのまま岳紘さんの横をすり抜けて自室へと急いだ。
……この時にきちんと向き合っていれば、近い未来あんなにも私たちの関係が拗れることはなかったのかもしれなかったのに。