夫婦間不純ルール
「雫先輩! 良かった、来てくれたんですね!」
「ちょっ、いきなり抱き着かないで。私は既婚者なんだし、そういう過度なスキンシップは厳禁よ?」
喫茶店のドアを開けて中を覗いた途端、カウンターに座っていた奥野君がこちらを見て飛び掛かるように抱き着いてきたのだ。
この前の時に私が冷たい態度で彼を置いていったのがよほど堪えたのか、奥野君は何度も「すみません」と謝ってくる。悪いのは彼じゃない、中途半端な気持ちでフラフラしている私の方なのに。
それでも先輩としての余裕を見せつけるように、動揺を隠して彼から距離を取る。奥野君に疾しい気持ちが無くても、やはり岳紘さん以外の男性に触れられるのには抵抗があって。
「そうですね、つい学生の頃に気分で調子に乗りました。雫先輩の一番傍にはあいつがいるんですもんね、今も昔も……」
「そうね、多分これから先も」
ハッキリと未来も岳紘さんと一緒なのだと言えないのは、彼には別に愛する人がいるから。今は私が妻でも、いつ夫から別れて欲しいと言われるか分からない。
自分の中でシュミレーションしてみてもまだ現実味はないが、十分その可能性はある。いつそうなっても一人で立っていられるように覚悟はしておかなければ。