君死にたまふことなかれ
13.予定外の客人
『どうしてお前だけ生き残った』
ごめん。
『ずるいぞ、お前ばかり』
みんな、ごめんね。
私だけ生き残って、ごめん。ごめんね。
血まみれの仲間たちが恨めしそうな顔で私を見る。
みんな、死にたくはなかった。みんな、生きて家族の元に帰りたかった。でも、彼らは死んでしまった。生きて帰っては来れなかった。死体すらも家族の元に帰されることはなく、いたくもない戦場に埋められた。
『どうして、あなたは生き残ったのに私の息子は帰って来てはくれなかったの』
息子の死を知らされた彼の母親が泣きながら私を見る。その目はまるで私を責めているように見えた。
『ごめんなさい。あなたにそんなことを言っても仕方がないと分かっているのに』
涙と血が流れていく。
戦場に、パイデスに流れて、地面を染め上げていく。それでも戦争はまだ終わらなかった。
まだ足りない。
パイデスが更なる犠牲を欲していた。
神に生贄を捧げるが如く、パイデスはたくさんの兵士を戦場に送り込んだ。あと、どれだけの命を捧げれば、どれだけの数を殺せばこの戦争は終わるのだろうか。
『夢があるんだ』
徴兵された平民の青年が空を見上げなら言った。
『平和な国で好きな人と出会って、結婚して、子供が産まれて、親子三人で暮らす。そして、それから二十年後はさ、子供が大人になって、大切な人に出会って、結婚して、子供が産まれて、俺はお祖父ちゃんになってその孫を溺愛するんだ。ずっと、ずっと先もそれが当たり前のように繰り返される人生』
それは戦争のない国では当たり前のように繰り返されている日常の一コマ。けれどパイデスとエルダでは失われてしまった日常。
大切な人を作ったところで幸せな未来など約束できない。明日さえも約束できない現実に誰もが絶望しているからだ。
『もう、誰も殺さなくていい。誰も失わなくていい生活に戻りたい。エルダを倒せば、平和になるのかな』
そう言った青年はそれから一時間もせずに死んだ。
その青年が血まみれの仲間と一緒に私の前に現れる。彼らは血の涙を流しながら言う。
『死にたくなかった』と。『もっと生きたかった』と。
目を覚ますと一筋の涙がこぼれ落ちた。
「・・・・・ごめん。ごめん」
それは生きて帰れなかった仲間に対する謝罪。それは、生き残ってしまった罪悪感から発せられる言葉だった。
なんて、浅ましいのだろう。
◆◇◆
「アイリスっ!」
「・・・・・王女殿下」
今日はエルダの王太子にリエンブールを案内する日だ。殿下がリエンブールに来られたので迎えにあがったらなぜか王女も一緒だった。
王女は嬉しそうに私に駆け寄り腕に抱きつく。
「うわぁ」とエリックが嫌そうな顔をしてその光景を見ていた。叔母さんは驚きながらも決して面には出さず、王太子を迎える。ついでに思いっきり顔に出してしまったエリックをこっそりと小突いてもいた。
「殿下、リエンブールにようこそお越しくださいました。リエンブールは殿下のお越しを心より歓迎いたします」
「ああ。今日はよろしく頼む」
「はい。ところで王女殿下、本日はどのようなご用件でしょうか。約束などは特になかったと記憶しておりましたが」
言外に約束もなく何のようだと言ったのだが、王女は不快感をあらわに出すこそもなく「私も一緒に行くわ」と満面の笑みで言ってきた。
「・・・・・どちらへ?」
思わず聞いてしまった。できれば外れて欲しいとあり得ない望みも込めて。
「リエンブールの視察に同行する以外何があると言うの」
できればそれ以外でお願いしたかった。
「それは警備の問題上承伏できません。あなた様は我が国の大切な王女殿下です。御身にもしものことがあっては困ります」
「大丈夫よ。私だって子供ではないのだからちゃんと護衛を連れて来たわ」
えへんっ!と胸を張って威張るのはいいけどたった数人の護衛を連れて来ただけで私にどうしろと王女が視察に同行する際の護衛に必要な数を全然満たしていないじゃないか。
目に見える護衛の数は確かにそれだけ問題はない。でも、通常なら一般人紛れた護衛が数十人は必要なのだ。
私は王太子に目を向ける。彼はいつも通り爽やかな笑みを浮かべているだけで何を考えているか分からない。彼女の護衛に目を向けると疲れ切った顔で目を逸らされてしまった。
きっと全力で止めても止めきれずにここまで来てしまったので。護衛騎士ならもっとしっかり止めて欲しかった。
「一度、陛下のご意向を確認します」
「どうしてお父様が関係してくるの?」
あなたの保護者だからだ。それに王女に万が一が起これば私だけではなくエリックや叔母様だって咎めの対象になる。
「本来であれば王女殿下の一日はスケジュール管理されているものであり、陛下が承認して初めて殿下はそのスケジュールに則り動くことが可能だからです」
「そんなの息が詰まるわ。どうせなら王女ではなく、平民に生まれたかった」
「・・・・・」
戦時中は物価が高騰する。それにより、辺境では餓死者が数多く出ていたし、口減らしをされた子供や老人だっている。王都でも平民なら少なからず影響を受けているのに不謹慎にも程がある。
「王太子殿下、申し訳ありませんが時間を遅らせていただいても構わないでしょうか」
「不測の事態ですから、仕方がありません。こちらは気にしないでください」
「ありがとうございます」
私はすぐに二人を応接室に案内して、王宮に使いを出した。
ごめん。
『ずるいぞ、お前ばかり』
みんな、ごめんね。
私だけ生き残って、ごめん。ごめんね。
血まみれの仲間たちが恨めしそうな顔で私を見る。
みんな、死にたくはなかった。みんな、生きて家族の元に帰りたかった。でも、彼らは死んでしまった。生きて帰っては来れなかった。死体すらも家族の元に帰されることはなく、いたくもない戦場に埋められた。
『どうして、あなたは生き残ったのに私の息子は帰って来てはくれなかったの』
息子の死を知らされた彼の母親が泣きながら私を見る。その目はまるで私を責めているように見えた。
『ごめんなさい。あなたにそんなことを言っても仕方がないと分かっているのに』
涙と血が流れていく。
戦場に、パイデスに流れて、地面を染め上げていく。それでも戦争はまだ終わらなかった。
まだ足りない。
パイデスが更なる犠牲を欲していた。
神に生贄を捧げるが如く、パイデスはたくさんの兵士を戦場に送り込んだ。あと、どれだけの命を捧げれば、どれだけの数を殺せばこの戦争は終わるのだろうか。
『夢があるんだ』
徴兵された平民の青年が空を見上げなら言った。
『平和な国で好きな人と出会って、結婚して、子供が産まれて、親子三人で暮らす。そして、それから二十年後はさ、子供が大人になって、大切な人に出会って、結婚して、子供が産まれて、俺はお祖父ちゃんになってその孫を溺愛するんだ。ずっと、ずっと先もそれが当たり前のように繰り返される人生』
それは戦争のない国では当たり前のように繰り返されている日常の一コマ。けれどパイデスとエルダでは失われてしまった日常。
大切な人を作ったところで幸せな未来など約束できない。明日さえも約束できない現実に誰もが絶望しているからだ。
『もう、誰も殺さなくていい。誰も失わなくていい生活に戻りたい。エルダを倒せば、平和になるのかな』
そう言った青年はそれから一時間もせずに死んだ。
その青年が血まみれの仲間と一緒に私の前に現れる。彼らは血の涙を流しながら言う。
『死にたくなかった』と。『もっと生きたかった』と。
目を覚ますと一筋の涙がこぼれ落ちた。
「・・・・・ごめん。ごめん」
それは生きて帰れなかった仲間に対する謝罪。それは、生き残ってしまった罪悪感から発せられる言葉だった。
なんて、浅ましいのだろう。
◆◇◆
「アイリスっ!」
「・・・・・王女殿下」
今日はエルダの王太子にリエンブールを案内する日だ。殿下がリエンブールに来られたので迎えにあがったらなぜか王女も一緒だった。
王女は嬉しそうに私に駆け寄り腕に抱きつく。
「うわぁ」とエリックが嫌そうな顔をしてその光景を見ていた。叔母さんは驚きながらも決して面には出さず、王太子を迎える。ついでに思いっきり顔に出してしまったエリックをこっそりと小突いてもいた。
「殿下、リエンブールにようこそお越しくださいました。リエンブールは殿下のお越しを心より歓迎いたします」
「ああ。今日はよろしく頼む」
「はい。ところで王女殿下、本日はどのようなご用件でしょうか。約束などは特になかったと記憶しておりましたが」
言外に約束もなく何のようだと言ったのだが、王女は不快感をあらわに出すこそもなく「私も一緒に行くわ」と満面の笑みで言ってきた。
「・・・・・どちらへ?」
思わず聞いてしまった。できれば外れて欲しいとあり得ない望みも込めて。
「リエンブールの視察に同行する以外何があると言うの」
できればそれ以外でお願いしたかった。
「それは警備の問題上承伏できません。あなた様は我が国の大切な王女殿下です。御身にもしものことがあっては困ります」
「大丈夫よ。私だって子供ではないのだからちゃんと護衛を連れて来たわ」
えへんっ!と胸を張って威張るのはいいけどたった数人の護衛を連れて来ただけで私にどうしろと王女が視察に同行する際の護衛に必要な数を全然満たしていないじゃないか。
目に見える護衛の数は確かにそれだけ問題はない。でも、通常なら一般人紛れた護衛が数十人は必要なのだ。
私は王太子に目を向ける。彼はいつも通り爽やかな笑みを浮かべているだけで何を考えているか分からない。彼女の護衛に目を向けると疲れ切った顔で目を逸らされてしまった。
きっと全力で止めても止めきれずにここまで来てしまったので。護衛騎士ならもっとしっかり止めて欲しかった。
「一度、陛下のご意向を確認します」
「どうしてお父様が関係してくるの?」
あなたの保護者だからだ。それに王女に万が一が起これば私だけではなくエリックや叔母様だって咎めの対象になる。
「本来であれば王女殿下の一日はスケジュール管理されているものであり、陛下が承認して初めて殿下はそのスケジュールに則り動くことが可能だからです」
「そんなの息が詰まるわ。どうせなら王女ではなく、平民に生まれたかった」
「・・・・・」
戦時中は物価が高騰する。それにより、辺境では餓死者が数多く出ていたし、口減らしをされた子供や老人だっている。王都でも平民なら少なからず影響を受けているのに不謹慎にも程がある。
「王太子殿下、申し訳ありませんが時間を遅らせていただいても構わないでしょうか」
「不測の事態ですから、仕方がありません。こちらは気にしないでください」
「ありがとうございます」
私はすぐに二人を応接室に案内して、王宮に使いを出した。