君死にたまふことなかれ
35.胡蝶の夢
「全く、大した王女様だことで」
院長とは別に子供を監視役として使ったのはやはり正解だった。
大人であり、孤児院の責任者である院長は私との謁見が可能。それ故に院長とそれ以外の人間に見せる態度が異なる可能性を視野に入れ、子供をスパイとして使った。
結果として王女が連れてきた使用人たちは院長に慇懃無礼ではあるが目をつぶれる程度の態度を見せ、子供には暴力暴言を当然のように浴びせている。
孤児院の子供と私に繋がりがあるとは考えていないのだろう。愚かとしか言いようがない。
自身よりも弱い立場に強く出るのは貴族の特性の一つ。それが分かっていれば自然と誰をどう使うかは見えてくる。それに子供は大人よりも人の本質を見抜く力が優れている。
院長には申し訳ないが、今回、院長は囮役だ。誰もが私に直接報告できる院長の視線を気にしている。そこにばかり注意をして、他が疎かになっているから面白いように王女や王女が連れて来た使用人たちの粗がよく見える。
「自身の使用人すら御せないとは」
孤児を憐れみ、孤児たちがより快適に暮らせるように彼女は尽力するためにルーエンブルクにやって来たはずだ。でも結果はその真逆
「王女が見る夢は所詮、胡蝶の夢なのかもしれないな」
家庭教師を雇い、金をかけて教養を身につけた王女よりも私が何の指示をしなくても証拠として必要な診断書を報告書と一緒に提出してきた孤児院の子供たちの方が賢い。
それに王女が連れてきたルーまで味方につけようと考えるなんて、将来有望だな。リーダー格のレンは人望もあるし、面倒見もいい。家で雇って教育しようかしら。きっと、いい補佐官になれる。
後で院長に打診しておこう。
「善悪の報いは影の形に随うが如しというが、ルーはどう動くのだろうな」
王女が気まぐれで拾ってきたスラム出身者。彼女が自分の行いを善意だと思っているのは普段のルーに対する言動を見れば明白。
いい報いを受けるために善をするならそれは善ではないというのに。先人の言葉にもそうあったはずだけど、知らないのか自身に当てはまらないとでも思っているのか。どのみち無知蒙昧であることに変わりはない。
「早々にけりをつけよう」
子供に暴力を振るうのであれば黙って見ているわけにはいかない。場合によっては半年待たずにお帰り願おう。
「王女殿下と院長を呼んできて」
私は家令に命じた。
「院長はともかくとして、王女殿下を呼びつけるのですか?」
「何も問題はない。彼女は王女としてここに来ているのではない。孤児院運営を学びにきた身なのだから」
さて、私に呼びつけられた王女はどう反応するだろうか。
「分かりました」
優秀な家令はまだ何か言いたいだろうに口を閉ざし、執務室から出ていった。それから数分後、王女と院長が私の執務室にやって来た。
「アイリス、私たちは確かに友達だけど礼節は弁えるべきでなくって?王女である私を呼びつけるなんて、私だから問題にならないのよ。それを他の王族でやればどうなっていたか」
「殿下が普段から言っているではありませんか。『身分など関係ない』と。それに自身の立場をよく理解した王族であれば私が呼びつけても問題視しなかったでしょう。王族としではなく、孤児院の運営者としてこの場に立っているのだから」
困惑する王女を見るに私の言葉をうまく咀嚼できていないようだ。彼女の理解を待っていては日が暮れてしまうので本題に入ろう。
「さて、今回あなた方を呼んだのは他でもありません。殿下、あなたが連れて来た使用人たちのことです」
「とても使えるでしょう」
王女は胸を張って自信満々に言う。何も見えてはないからこその自信なのだろう。
「これで分かったでしょう。孤児院には使用人が必要不可欠なのよ」
王女は自分のやり方を私に推奨してくるが報告を受けた後とあってその姿は私の目にはひどく滑稽に映った。
「殿下、あなたが連れて来た使用人を全て王宮へお返しください」
「うへぇ?」
私の言葉が予想外すぎで王女から変な声が出ていた。淑女として突っ込まれたくはないだろうからスルーしておこう。
私は王女殿下に報告書と子供たちの診断書を見せた。
「子供に危害を加える者は孤児院に必要ありません」
「そんなことないはずよっ!みんな優しいもの。きっと何かの間違えだわ」
性善説を信じすぎだろ。
人は人によって態度を変えるものだ。
それを知らないのは常に高い位置に座し、兄弟がいないために安心して安全地帯に居続けられるからだろうか。
「王女殿下と孤児の子供。あなたに仕えるために必要な教養を身につけた立派な淑女だからこそ、あなたと孤児で態度を変えるのは当然。それと念のために言っておきますがこの診断書は偽造ではありません。あなたが子供たちのためにと連れて来た王宮筆頭が書いたものです」
孤児院にも医者はいるが、身分が低いため難癖をつけられる恐れがあり私からお願いして書いてもらったのだ。もちろん、子供たちを実際に見てもらって。ただ、王女が連れて来た侍女たちの暴力によるものだということは伏せて。
でなければ、王女を庇って診断書を書いてくれないか、もしくはその医者自身が診断書を偽造する可能性だってある。
「使用人を王宮に戻してください」
「・・・・・・一方の話を聞いて、一方的に告げることはできないわ。みんな、私によく仕えてくれる優しい人たちだから」
殴っていい?
孤児院のスタッフを一方的な言い分で解雇しようとしたくせに、ふざけるなって話だよね。
「分かりました。それで、構いません。それと、王女殿下今回のようなことが起こったのはそれだけ王女殿下の目が行き渡っていないからです。ティータイムをするなとは言いませんがもう少し孤児院に目を向けてください」
使用人が王宮に追い返されたらその理由を広めるように家令に頼んでおこう。
「子供たちが私に懐かないの」
王女はとても不満げだった。
きっと慕われて、尊敬されて楽しい毎日を過ごすと思って来たのだろう。でも、実際は孤児院の子供たちは警戒心が強くなかなか人に懐かない。懐いていた孤児院のスタッフを追い出した人間相手なら尚更だろう。
「孤児院の子供たちは様々な問題を抱えています。負った傷の深さや種類も異なります。子供の特性を見て、理解して、信頼を築いてください。こればかりは一朝一夕には行きませんし、王女殿下がご自分で何とかするしかありません」
「分かったわ」
院長とは別に子供を監視役として使ったのはやはり正解だった。
大人であり、孤児院の責任者である院長は私との謁見が可能。それ故に院長とそれ以外の人間に見せる態度が異なる可能性を視野に入れ、子供をスパイとして使った。
結果として王女が連れてきた使用人たちは院長に慇懃無礼ではあるが目をつぶれる程度の態度を見せ、子供には暴力暴言を当然のように浴びせている。
孤児院の子供と私に繋がりがあるとは考えていないのだろう。愚かとしか言いようがない。
自身よりも弱い立場に強く出るのは貴族の特性の一つ。それが分かっていれば自然と誰をどう使うかは見えてくる。それに子供は大人よりも人の本質を見抜く力が優れている。
院長には申し訳ないが、今回、院長は囮役だ。誰もが私に直接報告できる院長の視線を気にしている。そこにばかり注意をして、他が疎かになっているから面白いように王女や王女が連れて来た使用人たちの粗がよく見える。
「自身の使用人すら御せないとは」
孤児を憐れみ、孤児たちがより快適に暮らせるように彼女は尽力するためにルーエンブルクにやって来たはずだ。でも結果はその真逆
「王女が見る夢は所詮、胡蝶の夢なのかもしれないな」
家庭教師を雇い、金をかけて教養を身につけた王女よりも私が何の指示をしなくても証拠として必要な診断書を報告書と一緒に提出してきた孤児院の子供たちの方が賢い。
それに王女が連れてきたルーまで味方につけようと考えるなんて、将来有望だな。リーダー格のレンは人望もあるし、面倒見もいい。家で雇って教育しようかしら。きっと、いい補佐官になれる。
後で院長に打診しておこう。
「善悪の報いは影の形に随うが如しというが、ルーはどう動くのだろうな」
王女が気まぐれで拾ってきたスラム出身者。彼女が自分の行いを善意だと思っているのは普段のルーに対する言動を見れば明白。
いい報いを受けるために善をするならそれは善ではないというのに。先人の言葉にもそうあったはずだけど、知らないのか自身に当てはまらないとでも思っているのか。どのみち無知蒙昧であることに変わりはない。
「早々にけりをつけよう」
子供に暴力を振るうのであれば黙って見ているわけにはいかない。場合によっては半年待たずにお帰り願おう。
「王女殿下と院長を呼んできて」
私は家令に命じた。
「院長はともかくとして、王女殿下を呼びつけるのですか?」
「何も問題はない。彼女は王女としてここに来ているのではない。孤児院運営を学びにきた身なのだから」
さて、私に呼びつけられた王女はどう反応するだろうか。
「分かりました」
優秀な家令はまだ何か言いたいだろうに口を閉ざし、執務室から出ていった。それから数分後、王女と院長が私の執務室にやって来た。
「アイリス、私たちは確かに友達だけど礼節は弁えるべきでなくって?王女である私を呼びつけるなんて、私だから問題にならないのよ。それを他の王族でやればどうなっていたか」
「殿下が普段から言っているではありませんか。『身分など関係ない』と。それに自身の立場をよく理解した王族であれば私が呼びつけても問題視しなかったでしょう。王族としではなく、孤児院の運営者としてこの場に立っているのだから」
困惑する王女を見るに私の言葉をうまく咀嚼できていないようだ。彼女の理解を待っていては日が暮れてしまうので本題に入ろう。
「さて、今回あなた方を呼んだのは他でもありません。殿下、あなたが連れて来た使用人たちのことです」
「とても使えるでしょう」
王女は胸を張って自信満々に言う。何も見えてはないからこその自信なのだろう。
「これで分かったでしょう。孤児院には使用人が必要不可欠なのよ」
王女は自分のやり方を私に推奨してくるが報告を受けた後とあってその姿は私の目にはひどく滑稽に映った。
「殿下、あなたが連れて来た使用人を全て王宮へお返しください」
「うへぇ?」
私の言葉が予想外すぎで王女から変な声が出ていた。淑女として突っ込まれたくはないだろうからスルーしておこう。
私は王女殿下に報告書と子供たちの診断書を見せた。
「子供に危害を加える者は孤児院に必要ありません」
「そんなことないはずよっ!みんな優しいもの。きっと何かの間違えだわ」
性善説を信じすぎだろ。
人は人によって態度を変えるものだ。
それを知らないのは常に高い位置に座し、兄弟がいないために安心して安全地帯に居続けられるからだろうか。
「王女殿下と孤児の子供。あなたに仕えるために必要な教養を身につけた立派な淑女だからこそ、あなたと孤児で態度を変えるのは当然。それと念のために言っておきますがこの診断書は偽造ではありません。あなたが子供たちのためにと連れて来た王宮筆頭が書いたものです」
孤児院にも医者はいるが、身分が低いため難癖をつけられる恐れがあり私からお願いして書いてもらったのだ。もちろん、子供たちを実際に見てもらって。ただ、王女が連れて来た侍女たちの暴力によるものだということは伏せて。
でなければ、王女を庇って診断書を書いてくれないか、もしくはその医者自身が診断書を偽造する可能性だってある。
「使用人を王宮に戻してください」
「・・・・・・一方の話を聞いて、一方的に告げることはできないわ。みんな、私によく仕えてくれる優しい人たちだから」
殴っていい?
孤児院のスタッフを一方的な言い分で解雇しようとしたくせに、ふざけるなって話だよね。
「分かりました。それで、構いません。それと、王女殿下今回のようなことが起こったのはそれだけ王女殿下の目が行き渡っていないからです。ティータイムをするなとは言いませんがもう少し孤児院に目を向けてください」
使用人が王宮に追い返されたらその理由を広めるように家令に頼んでおこう。
「子供たちが私に懐かないの」
王女はとても不満げだった。
きっと慕われて、尊敬されて楽しい毎日を過ごすと思って来たのだろう。でも、実際は孤児院の子供たちは警戒心が強くなかなか人に懐かない。懐いていた孤児院のスタッフを追い出した人間相手なら尚更だろう。
「孤児院の子供たちは様々な問題を抱えています。負った傷の深さや種類も異なります。子供の特性を見て、理解して、信頼を築いてください。こればかりは一朝一夕には行きませんし、王女殿下がご自分で何とかするしかありません」
「分かったわ」