君死にたまふことなかれ
51.願いは一つ
「アイリス、後悔はないんだな」
「はい、ミラン殿下」
「俺はエルダの王太子として最善を尽くす。そなたの情報が真実ならば、それ相応の措置をとることになる」
「当然ですね」
「売国奴と罵られることになるかもしれない」
「覚悟の上です」
「なぜ、そこまで?目を閉じることも、耳を塞ぐこともできただろう。万が一に備え、優秀な人材を自身の領地で育てていたではないか。スラム出身者を引き取ったのもそのためだろ」
「よくご存知ですね」
スパイを送っているだろうとは思っていた。やはりエルダは最初からパイデスと交わした条約を信じてはいなかったのだろう。当然だな。それだけの行いをしてきたのだから。
ミラン殿下の言う通り、自分の領地に引きこもり、自分の領地だけを守ることは可能だ。それだけの備えはしてきた。
でも、それ以外の無関係な国民が自分と同じ苦痛を味わうかもしれないと思ったらどうしても動かずにはいられなかった。それは私のエゴかもしれない。ただ、私の気が小さいだけかもしれない。
でも・・・・・。
「私たちは人を殺すために生まれたきたわけじゃない。親は子に『人を殺せ』と言って育てるわけじゃない。ただ平和な世で、当たり前の日常を送りたいだけ。結婚して、子を産み、その子供が大人になって今度は孫が生まれる。私たちはしわくちゃのおばあちゃんやおじいちゃんになって、孫に看取られながら死んでいく。そんな一生を望んでいるだけ」
そんなに殺し合いたいのなら、したい奴らだけでやればいい。誰も止めはしない。なのに、彼らは自分達の手は汚さないくせに、傷の痛みすら知らないくせに私達に人を殺せと命じる。それが国のためだと言って。
ふざけるなっ!
「領民達に持っている鍬を武器に変えて『人を殺せ』と命じたくはありません。人は命の重みを認識せずに生きて、死にます。それで、いいんです。それが当たり前なんです」
命を奪う苦しみを知る必要などない。そんなために生まれてきたわけじゃない。憎しみなど、抱いてほしくはない。
「国を裏切ることへの処罰は覚悟の上です。ミラン殿下、お願いです。パイデスの国民にはなんの罪もありません。ですから、どうか」
「分かった、分かったから、泣くな」
ミラン殿下はそう言って私の目から流れた涙を拭ってくれた。その行為で私は自分が泣いていることに初めて気がついた。ああ、私はまだ泣けたのか。
「約束しよう。パイデスの国民を不当に扱ったりはしないと」
「ありがとうございます」
◇◆◇
side .シーラ
ようやく完成した私の孤児院。まさか、三年もかかるとは思わなかった。人材を募集するとたくさん集まった。
「これでようやく孤児院の改革に着手できるわね」
王都の孤児院にいる子供達を集められるだけ集めて、私の孤児院の中へ入れた。子供達は最初は戸惑っていたけど興味深そうにキョロキョロとしているうちに好奇心を刺激されたのだろう。
子供達同士で楽しそうに話しながらいろんな部屋を見て回った。どうやら気に入ってくれたようだ。
「あの、女王陛下、この孤児院には図書室があるんですか?」
「ええ、そうよ。子供達にも学を身につけさせるべきでしょう」
雇ったスタッフにもこれから自分達が働くであろう場所を知ってもらうために見学を許可した。
「子供達がのびのびと過ごすためにはみなさんの協力が必要なの」
どうして、こんなに戸惑っているのかしら。
かなり年配の人を選んだから彼女達にだって子供はいるはず。自分達の子供にしていることと同じことを孤児院の子供達にもしてとお願いしているだけなのに。
「子供の一人スタッフの数が合わないと思うのですが」
「足りなかった?」
「いいえ、逆です。多すぎます」
「そんなことないはずよ。一人の子供に世話係は数人つくのだから」
どうしてお互いに顔を見合わせているの。面接の時に子供の世話をお願いと言ったはずよ。今更子供の面倒を見切れないとか言われても困るんだけど。
「あの、失礼ですが女王陛下。孤児の子供達の面倒ですよね」
「そうよ」
「お貴族様の血筋に連なる方々ではないですよね」
「そんなわけないじゃない」
もしそうなら、然るべきところに預けるわよ。
「女王陛下、大変です」
私がスタッフ達に不信感を抱いていると王宮の文官が息を切らせながら私の元にやって来た。
「急ぎ、王宮へお戻りください」
「何を言っているのっ!今は孤児院の」
「そんなことをしている場合ではありませんっ!」
「そんなことですって」
これにどれだけ心血を注いできたと思っているのよ。
「エルダです!エルダが攻めて来ました」
「えっ」
「早く、王宮に」
「わ、分かったわ」
大丈夫よね。攻めてきたと言っても、王都には来ないはず。王都に来るにはルーエンブルク領を通らないとダメだし、あそこにはアイリスがいる。それに、前の戦争だって王都は安全だったもの。きっと今回も大丈夫よ。
私は言い知れぬ不安を無理やり抑え込んで王宮へ急いだ。
「はい、ミラン殿下」
「俺はエルダの王太子として最善を尽くす。そなたの情報が真実ならば、それ相応の措置をとることになる」
「当然ですね」
「売国奴と罵られることになるかもしれない」
「覚悟の上です」
「なぜ、そこまで?目を閉じることも、耳を塞ぐこともできただろう。万が一に備え、優秀な人材を自身の領地で育てていたではないか。スラム出身者を引き取ったのもそのためだろ」
「よくご存知ですね」
スパイを送っているだろうとは思っていた。やはりエルダは最初からパイデスと交わした条約を信じてはいなかったのだろう。当然だな。それだけの行いをしてきたのだから。
ミラン殿下の言う通り、自分の領地に引きこもり、自分の領地だけを守ることは可能だ。それだけの備えはしてきた。
でも、それ以外の無関係な国民が自分と同じ苦痛を味わうかもしれないと思ったらどうしても動かずにはいられなかった。それは私のエゴかもしれない。ただ、私の気が小さいだけかもしれない。
でも・・・・・。
「私たちは人を殺すために生まれたきたわけじゃない。親は子に『人を殺せ』と言って育てるわけじゃない。ただ平和な世で、当たり前の日常を送りたいだけ。結婚して、子を産み、その子供が大人になって今度は孫が生まれる。私たちはしわくちゃのおばあちゃんやおじいちゃんになって、孫に看取られながら死んでいく。そんな一生を望んでいるだけ」
そんなに殺し合いたいのなら、したい奴らだけでやればいい。誰も止めはしない。なのに、彼らは自分達の手は汚さないくせに、傷の痛みすら知らないくせに私達に人を殺せと命じる。それが国のためだと言って。
ふざけるなっ!
「領民達に持っている鍬を武器に変えて『人を殺せ』と命じたくはありません。人は命の重みを認識せずに生きて、死にます。それで、いいんです。それが当たり前なんです」
命を奪う苦しみを知る必要などない。そんなために生まれてきたわけじゃない。憎しみなど、抱いてほしくはない。
「国を裏切ることへの処罰は覚悟の上です。ミラン殿下、お願いです。パイデスの国民にはなんの罪もありません。ですから、どうか」
「分かった、分かったから、泣くな」
ミラン殿下はそう言って私の目から流れた涙を拭ってくれた。その行為で私は自分が泣いていることに初めて気がついた。ああ、私はまだ泣けたのか。
「約束しよう。パイデスの国民を不当に扱ったりはしないと」
「ありがとうございます」
◇◆◇
side .シーラ
ようやく完成した私の孤児院。まさか、三年もかかるとは思わなかった。人材を募集するとたくさん集まった。
「これでようやく孤児院の改革に着手できるわね」
王都の孤児院にいる子供達を集められるだけ集めて、私の孤児院の中へ入れた。子供達は最初は戸惑っていたけど興味深そうにキョロキョロとしているうちに好奇心を刺激されたのだろう。
子供達同士で楽しそうに話しながらいろんな部屋を見て回った。どうやら気に入ってくれたようだ。
「あの、女王陛下、この孤児院には図書室があるんですか?」
「ええ、そうよ。子供達にも学を身につけさせるべきでしょう」
雇ったスタッフにもこれから自分達が働くであろう場所を知ってもらうために見学を許可した。
「子供達がのびのびと過ごすためにはみなさんの協力が必要なの」
どうして、こんなに戸惑っているのかしら。
かなり年配の人を選んだから彼女達にだって子供はいるはず。自分達の子供にしていることと同じことを孤児院の子供達にもしてとお願いしているだけなのに。
「子供の一人スタッフの数が合わないと思うのですが」
「足りなかった?」
「いいえ、逆です。多すぎます」
「そんなことないはずよ。一人の子供に世話係は数人つくのだから」
どうしてお互いに顔を見合わせているの。面接の時に子供の世話をお願いと言ったはずよ。今更子供の面倒を見切れないとか言われても困るんだけど。
「あの、失礼ですが女王陛下。孤児の子供達の面倒ですよね」
「そうよ」
「お貴族様の血筋に連なる方々ではないですよね」
「そんなわけないじゃない」
もしそうなら、然るべきところに預けるわよ。
「女王陛下、大変です」
私がスタッフ達に不信感を抱いていると王宮の文官が息を切らせながら私の元にやって来た。
「急ぎ、王宮へお戻りください」
「何を言っているのっ!今は孤児院の」
「そんなことをしている場合ではありませんっ!」
「そんなことですって」
これにどれだけ心血を注いできたと思っているのよ。
「エルダです!エルダが攻めて来ました」
「えっ」
「早く、王宮に」
「わ、分かったわ」
大丈夫よね。攻めてきたと言っても、王都には来ないはず。王都に来るにはルーエンブルク領を通らないとダメだし、あそこにはアイリスがいる。それに、前の戦争だって王都は安全だったもの。きっと今回も大丈夫よ。
私は言い知れぬ不安を無理やり抑え込んで王宮へ急いだ。