異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます
108 夢の住人
トレヴァスさんに案内されて庭に出た。
広い庭は綺麗に整備されている。花壇のある庭と違い、広場のようになった場所はなだらかな丘から、街並みが一望できる。遠くの水平線には大きな船が港に向かってやってくるのが見える。
その一角にガゼボがあり、そこに人影があるのが見えた。
「あちらです」
そこには女性が一人腰掛けていて、熱心に何かを編んでいた。
「ああして編み物をすることが多いんです」
「何を編んでいらっしゃるんですか?」
「色々です。一番多いのは、子供の靴下でしょうか」
その言葉に思わず彼を見る。黙ってユイナが考えているとおりだと頷いた。
「奥様の中にはこの五年間、ずっとアドルファス様がいらっしゃいます。時には話しかけ、時には歌を歌って…それはもう出産を心待ちにされています」
忘れてしまった我が子。でも心の底では忘れてなどいない。もうとっくに母親のお腹から巣立ち、立派に成長した我が子ではなく、まだ見ぬ我が子へ向ける愛情。
永遠に生まれてくることのない我が子を想い、彼女は靴下を編み続ける。
そこだけが永遠に刻が止まったような不思議な空間。
「後は宜しくお願いします」
頭を下げて退くトレヴァスをちらりと見てから、私は彼女へと近付いていった。
「あ、あなた、見て…あら」
人が近づいてくるのに気づき、夫のカーライルだと思って顔を上げると、知らない人物がいて、彼女は戸惑った。
「こ、こんにちは」
「こんにちは、お嬢さん。何かご用?」
ぎこちなく挨拶するユイナに、女性は柔らかい笑顔を向ける。少女のような純粋な笑顔。
笑うとアドルファスに似ている気がする。
彼が似ているのか。
白っぽい金髪に美しい琥珀色の瞳。あどけなさを漂わせる彼女はどこか浮世離れしている。
「あの、少しお話しても、いいですか?」
ゆっくりと近づき、彼女の側に行く。
「ええ、どうぞ」
そう言って彼女は編み物をしていた手を止めて、自分の前の椅子を進める。
ユイナがそこにちょこんと座ると、にっこりと彼女は微笑んだ。
「一人で来たの?」
その言い方は子供に話しかけるようだ。もしかしたらユイナをティーンエイジャーと思っているのかもしれない。
「いいえ」
何と言えばいいだろう。恋人と来ましたと言うべきか。
あなたの息子と。と言えばいいか。
「それ、何を、編んでいらっしゃるのですか?」
唐突だが、彼女の編みかけのものに目を向けて尋ねた。
「これ? ふふ、もうすぐ生まれる赤ちゃんの涎掛け、可愛いでしょ?」
そう言って編み棒が付いた編みかけのものを広げてみせた。
その顔はお腹の赤児が愛しくて堪らないと言っている。
それを見て切なくなった。
「赤ちゃん、男の子ですか」
「まだわからないわ。でも、男の子なら嬉しい。この家の後継ぎだもの」
ちっとも膨らんでいないお腹を撫でる。
「私、あまり体が丈夫ではなくて、お医者にも妊娠出産は大変だって、言われているの。だから、そう何度も子供を産めないと思うの。だから本当は元気などちらでもいいけど、あの人のために、男の子だったらいいな」
「きっと、男の子ですよ」
「本当? そう思う」
「はい」
どうしてそう思うのかと問われれば、答えに詰まるが、彼女はそれ以上追求はしなかった。
「そう言えば、あなたお名前は? 私はシスティーヌよ」
「ユイナです」
「ユイナさん…変わったお名前ね。異国の方?」
「ええ、まあ…そんなところです。あの、素敵なお庭ですね」
結婚を考えている相手の母親と会うのは初めてで、男親とは違う緊張感がある。
それに相手はその肝心の結婚相手であるアドルファスのことを憶えていない。
心を病んだ人と接するのは難しい。
初対面だから尚更だし、息子の話題も振れない。
苦し紛れに当たり障りのない話題を振った。
「そうでしょ、天気のいい日は大抵ここにいるの。風が気持ちいいし、水面にホルンか煌めいて見えて、編み物に目が疲れると眺めて過ごすの」
「素敵ですね」
「でしょ? あ、私ったらお客様にお茶も出さずにごめんなさい」
「いえ、大丈夫です」
「だめよ、お客様ももてなせないのかとカーライルに怒られてしまうわ。一度中に戻りましょう」
彼女は慌てて編み物を片付ける。
「手伝います」
「あらありがとう。でもお客様にそんなこと…」
籠を彼女から受け取ろうとすると、彼女は遠慮した。
「大丈夫です」
「そう、ではお願いしますわ」
彼女と並んで歩いていると、ちょうどそこに夫が歩いてきた。
「あら、カーライル」
「やあ、システィーヌ、中に戻るのか?」
「ええ、私ったらお客様なのに、お茶もお出し出来ていないことが…あら」
システィーヌは夫の後ろに立つ人物に目を留めた。
仮面を外したアドルファスが、緊張した面持ちで立っていた。
広い庭は綺麗に整備されている。花壇のある庭と違い、広場のようになった場所はなだらかな丘から、街並みが一望できる。遠くの水平線には大きな船が港に向かってやってくるのが見える。
その一角にガゼボがあり、そこに人影があるのが見えた。
「あちらです」
そこには女性が一人腰掛けていて、熱心に何かを編んでいた。
「ああして編み物をすることが多いんです」
「何を編んでいらっしゃるんですか?」
「色々です。一番多いのは、子供の靴下でしょうか」
その言葉に思わず彼を見る。黙ってユイナが考えているとおりだと頷いた。
「奥様の中にはこの五年間、ずっとアドルファス様がいらっしゃいます。時には話しかけ、時には歌を歌って…それはもう出産を心待ちにされています」
忘れてしまった我が子。でも心の底では忘れてなどいない。もうとっくに母親のお腹から巣立ち、立派に成長した我が子ではなく、まだ見ぬ我が子へ向ける愛情。
永遠に生まれてくることのない我が子を想い、彼女は靴下を編み続ける。
そこだけが永遠に刻が止まったような不思議な空間。
「後は宜しくお願いします」
頭を下げて退くトレヴァスをちらりと見てから、私は彼女へと近付いていった。
「あ、あなた、見て…あら」
人が近づいてくるのに気づき、夫のカーライルだと思って顔を上げると、知らない人物がいて、彼女は戸惑った。
「こ、こんにちは」
「こんにちは、お嬢さん。何かご用?」
ぎこちなく挨拶するユイナに、女性は柔らかい笑顔を向ける。少女のような純粋な笑顔。
笑うとアドルファスに似ている気がする。
彼が似ているのか。
白っぽい金髪に美しい琥珀色の瞳。あどけなさを漂わせる彼女はどこか浮世離れしている。
「あの、少しお話しても、いいですか?」
ゆっくりと近づき、彼女の側に行く。
「ええ、どうぞ」
そう言って彼女は編み物をしていた手を止めて、自分の前の椅子を進める。
ユイナがそこにちょこんと座ると、にっこりと彼女は微笑んだ。
「一人で来たの?」
その言い方は子供に話しかけるようだ。もしかしたらユイナをティーンエイジャーと思っているのかもしれない。
「いいえ」
何と言えばいいだろう。恋人と来ましたと言うべきか。
あなたの息子と。と言えばいいか。
「それ、何を、編んでいらっしゃるのですか?」
唐突だが、彼女の編みかけのものに目を向けて尋ねた。
「これ? ふふ、もうすぐ生まれる赤ちゃんの涎掛け、可愛いでしょ?」
そう言って編み棒が付いた編みかけのものを広げてみせた。
その顔はお腹の赤児が愛しくて堪らないと言っている。
それを見て切なくなった。
「赤ちゃん、男の子ですか」
「まだわからないわ。でも、男の子なら嬉しい。この家の後継ぎだもの」
ちっとも膨らんでいないお腹を撫でる。
「私、あまり体が丈夫ではなくて、お医者にも妊娠出産は大変だって、言われているの。だから、そう何度も子供を産めないと思うの。だから本当は元気などちらでもいいけど、あの人のために、男の子だったらいいな」
「きっと、男の子ですよ」
「本当? そう思う」
「はい」
どうしてそう思うのかと問われれば、答えに詰まるが、彼女はそれ以上追求はしなかった。
「そう言えば、あなたお名前は? 私はシスティーヌよ」
「ユイナです」
「ユイナさん…変わったお名前ね。異国の方?」
「ええ、まあ…そんなところです。あの、素敵なお庭ですね」
結婚を考えている相手の母親と会うのは初めてで、男親とは違う緊張感がある。
それに相手はその肝心の結婚相手であるアドルファスのことを憶えていない。
心を病んだ人と接するのは難しい。
初対面だから尚更だし、息子の話題も振れない。
苦し紛れに当たり障りのない話題を振った。
「そうでしょ、天気のいい日は大抵ここにいるの。風が気持ちいいし、水面にホルンか煌めいて見えて、編み物に目が疲れると眺めて過ごすの」
「素敵ですね」
「でしょ? あ、私ったらお客様にお茶も出さずにごめんなさい」
「いえ、大丈夫です」
「だめよ、お客様ももてなせないのかとカーライルに怒られてしまうわ。一度中に戻りましょう」
彼女は慌てて編み物を片付ける。
「手伝います」
「あらありがとう。でもお客様にそんなこと…」
籠を彼女から受け取ろうとすると、彼女は遠慮した。
「大丈夫です」
「そう、ではお願いしますわ」
彼女と並んで歩いていると、ちょうどそこに夫が歩いてきた。
「あら、カーライル」
「やあ、システィーヌ、中に戻るのか?」
「ええ、私ったらお客様なのに、お茶もお出し出来ていないことが…あら」
システィーヌは夫の後ろに立つ人物に目を留めた。
仮面を外したアドルファスが、緊張した面持ちで立っていた。