異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます
109 波紋
システィーヌ様の様子に誰もが注目する。
仮面を外して顔の傷を曝け出したアドルファスは、息を詰めて立ち尽くしている。
私を見た時も、予想していなかった人物が現れたので多少は驚いていたが、不意に知らない人が現れれば、他の人でも同じように反応しただろう。
でも、アドルファスは紛れもない彼女の息子。その体内で#十月__とつき__#余り育んできたのだ。
記憶というのは引き出しの中にあって、それが引き出せなくなっているだけなのだ。
記憶を失うのは外因的や内因的なものがある。
彼女の場合は明らかに後者だ。辛い現実から目を背けるために、心が予防線を張ったのだ。
彼女は物問いたげに夫を見る。
「そちらのお嬢さんの連れだ」
アドルファスのお父様が言った。
彼女は私を振り返り、それからアドルファスを見る。
「まあ、こんにちは」
柔らかな笑顔でアドルファスに挨拶する。
「こんにちは。アドルファスと申します」
物悲しい笑顔がアドルファスの顔に浮かぶ。
ショックを受けて倒れられたりしても困るが、母親の記憶の中に自分という人間がないことも、また辛い。
「アドルファスさん…初めてお目にかかる方かしら? どこかでお会いしたことがある気がします。レインズフォード家のご親戚の方? カーライルやお母様に似ていらっしゃるわ」
彼女の視線が彼の顔の傷に向いたが、それには何も言わなかった。ただ、目を細め、記憶を探ってどこで彼にあったか考えている様子だった。
「立ち話も何だから、中に入ろう。ユイナさんも、荷物ありがとうございます」
カーライル様は妻の背中に手を当てて中へ入るように促す。
それから私が持っていた彼女の編み物の道具を入れた籠を受け取った。
アドルファスは挨拶をしたきり何も言わない。
私は彼を励まそうとそんな彼の手を握った。
「お母様の時間はずっと止まったままなの。五年前からずっと、あなたをお腹の中で慈しんでいる。あの籠にはあなたのための涎掛けが入っているの。今のあなたと結びついていなくても、あなたへの愛情はちゃんとあるわ」
アドルファスが歩いていく父が持った籠に視線を向ける。
「そうですね。今日のところは、会えただけでも進歩です。ずっと怖かったんです」
そう言うアドルファスの手は震えていた。
「今夜はこちらへお泊まりになっては?」
四人でお茶を飲んでいると、システィーヌ様が言い出した。
アドルファスはレインズフォード家の親戚であると言い、王都の士官学校で技術を教えていると話し、私はその婚約者だと真実を混ぜて当たり障りのない話をした。
彼女はやはり私をもっと幼い年齢に思っていたようで、少し驚かれた。
そんな話をしていると、突然泊まっていけと彼女からそんな提案が出たことに驚いた。
「システィーヌ?」
「今からルキシヴェラに向かってそこで一泊しても、ここで泊まってからゲートを使うのも、帰る時間はそれほど変わりませんよね」
彼女はアドルファスの方を見てそう言う。
「構わないかしら? あなた」
「それは構わないが…しかしどうして」
「もう少しお話をしたいと思いまして、王都からいらしたなら、最近の王都の様子をお聞きしたいし、学校の先生をなさっているのですよね」
「え、ええ…」
「とても興味深いわ」
「しかし、システィーヌ、大丈夫なのか? 体の具合は…」
「今日はとても体調がいいの。久し振りのお客様で、気分もいいの。だめかしら?」
システィーヌ様は私達二人を交互に見て問いかける。
もしかしたら彼女の中でアドルファスに何か感じるものがあるのかも知れない。
親子なのだ。記憶はなくても、何か絆のようなものがあるのかも知れない。
「珍しいな。君がそんなことを言うなんて」
自分の中の世界で生きてきた彼女が外の世界に興味を持ち、関心がアドルファスへ向かう。
それは静かな湖面に投じられたひとつの石。
「妻がこのように申している。お二人は構いませんか?」
「ええ、是非」
アドルファスが言う前に私が返事をした。
何も変わらないかも知れない。
でも、彼女に現れた変化をこのままにはして置くのは勿体ないと思った。
「では、客間を用意しましょう。お二人は同じ部屋でよろしいですね」
「はい」
アドルファスが力強く返事をした。
仮面を外して顔の傷を曝け出したアドルファスは、息を詰めて立ち尽くしている。
私を見た時も、予想していなかった人物が現れたので多少は驚いていたが、不意に知らない人が現れれば、他の人でも同じように反応しただろう。
でも、アドルファスは紛れもない彼女の息子。その体内で#十月__とつき__#余り育んできたのだ。
記憶というのは引き出しの中にあって、それが引き出せなくなっているだけなのだ。
記憶を失うのは外因的や内因的なものがある。
彼女の場合は明らかに後者だ。辛い現実から目を背けるために、心が予防線を張ったのだ。
彼女は物問いたげに夫を見る。
「そちらのお嬢さんの連れだ」
アドルファスのお父様が言った。
彼女は私を振り返り、それからアドルファスを見る。
「まあ、こんにちは」
柔らかな笑顔でアドルファスに挨拶する。
「こんにちは。アドルファスと申します」
物悲しい笑顔がアドルファスの顔に浮かぶ。
ショックを受けて倒れられたりしても困るが、母親の記憶の中に自分という人間がないことも、また辛い。
「アドルファスさん…初めてお目にかかる方かしら? どこかでお会いしたことがある気がします。レインズフォード家のご親戚の方? カーライルやお母様に似ていらっしゃるわ」
彼女の視線が彼の顔の傷に向いたが、それには何も言わなかった。ただ、目を細め、記憶を探ってどこで彼にあったか考えている様子だった。
「立ち話も何だから、中に入ろう。ユイナさんも、荷物ありがとうございます」
カーライル様は妻の背中に手を当てて中へ入るように促す。
それから私が持っていた彼女の編み物の道具を入れた籠を受け取った。
アドルファスは挨拶をしたきり何も言わない。
私は彼を励まそうとそんな彼の手を握った。
「お母様の時間はずっと止まったままなの。五年前からずっと、あなたをお腹の中で慈しんでいる。あの籠にはあなたのための涎掛けが入っているの。今のあなたと結びついていなくても、あなたへの愛情はちゃんとあるわ」
アドルファスが歩いていく父が持った籠に視線を向ける。
「そうですね。今日のところは、会えただけでも進歩です。ずっと怖かったんです」
そう言うアドルファスの手は震えていた。
「今夜はこちらへお泊まりになっては?」
四人でお茶を飲んでいると、システィーヌ様が言い出した。
アドルファスはレインズフォード家の親戚であると言い、王都の士官学校で技術を教えていると話し、私はその婚約者だと真実を混ぜて当たり障りのない話をした。
彼女はやはり私をもっと幼い年齢に思っていたようで、少し驚かれた。
そんな話をしていると、突然泊まっていけと彼女からそんな提案が出たことに驚いた。
「システィーヌ?」
「今からルキシヴェラに向かってそこで一泊しても、ここで泊まってからゲートを使うのも、帰る時間はそれほど変わりませんよね」
彼女はアドルファスの方を見てそう言う。
「構わないかしら? あなた」
「それは構わないが…しかしどうして」
「もう少しお話をしたいと思いまして、王都からいらしたなら、最近の王都の様子をお聞きしたいし、学校の先生をなさっているのですよね」
「え、ええ…」
「とても興味深いわ」
「しかし、システィーヌ、大丈夫なのか? 体の具合は…」
「今日はとても体調がいいの。久し振りのお客様で、気分もいいの。だめかしら?」
システィーヌ様は私達二人を交互に見て問いかける。
もしかしたら彼女の中でアドルファスに何か感じるものがあるのかも知れない。
親子なのだ。記憶はなくても、何か絆のようなものがあるのかも知れない。
「珍しいな。君がそんなことを言うなんて」
自分の中の世界で生きてきた彼女が外の世界に興味を持ち、関心がアドルファスへ向かう。
それは静かな湖面に投じられたひとつの石。
「妻がこのように申している。お二人は構いませんか?」
「ええ、是非」
アドルファスが言う前に私が返事をした。
何も変わらないかも知れない。
でも、彼女に現れた変化をこのままにはして置くのは勿体ないと思った。
「では、客間を用意しましょう。お二人は同じ部屋でよろしいですね」
「はい」
アドルファスが力強く返事をした。