異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

21 お風呂上がりにドッキリ

つい長湯をしてしまった。

一人暮らしだからか夏場はついシャワーだけで済ませてしまうことが多い。

ゆっくり湯槽に浸かるのは久しぶりで、手足の指がフヤケて来たのを見てそろそろ頃合いだとお風呂から上がった。

着ていたブラとパンティ、キャミソールは手洗いして浴槽の縁に掛けて乾かすことにした。そう言えば伝線したパンストを白衣のポケットに入れたままだった。あれはもう履くのは無理だけど、ここでは簡単には捨てられないなとも思う。何かに包んでどこかに保管しておこう。

髪も洗ったけど、ドライヤーが見当たらない。ここの人はこういう場合、どうしているんだろう。タオルドライで乾かすしかないと、体を拭いて頭にタオルを巻き、用意してくれていた寝間着を着た。

カフタンのような寝間着をストンと上から被る。生地はシルクなのか、肌の上を優しく滑り、歩くと服の中で体が泳いだ。胸元が少し大きく開き、足元スレスレの長さなので少し裾を持ち上げないと躓きそうになる。腰のところで紐で括るかした方がいいだろうか。

浴室から出るとそこにレインズフォード卿がいて驚いた。

「すまない。用を済ませたらすぐに出ていこうと」

彼も入浴を済ませたのか、仮面は付けているがゆったりとしたズボンとチュニックのようなシャツに着替えている。肩幅も広くがっちりしている体つきがよくわかる。長い髪は緩くひとつに束ねている。イケメンのラフな姿もまた一見の価値ありだ。

「用とは?」
「落とし物だ」

何か布に包んだものを目の前に差し出す。

「落とし物? キャッ」

近づいて受け取ろうとしたら、長い裾に躓いて前につんのめった。

「危ない!」

体が前に傾いたところを硬くて大きな体に抱き止められ、腰を支えてもらって何とか転倒は免れた。

「す、すみません…裾が…」

レインズフォード卿の腕に掴まり、体勢を立て直した。

「大丈夫ですか」
「はい」

体がぶつかった時、彼の右上腕に胸が当たった気がしたが、一瞬だったので向こうも気づかなかったと思いたい。

「少し…あなたには大きかったようですね。すみません。ちょうどいいのがなくて」
「あ…」

襟ぐりが緩く、裾を引っ掛けた拍子に谷間ギリギリまで服が引っ張られてしまっている。もう少しで乳首の辺りまで見えそうになってしまっている。

レインズフォード卿の位置からだともっと見えたかも知れない。

ちらっと上目遣いに彼の顔を見たが、特に表情に変化は見られない。

「あの、落とし物って」

気まずさを紛らわせるため、そもそも彼がここに来た理由について訊ねた。

「食堂に落ちていました」

私を支えてくれた手と逆の左手に持っていたのは、白い絹の布を開くと、中からきちんと折り畳まれた何があった。よく見るとそれは私が履いていたパンストだった。

「ひ、ひえっ」

きれいに折り畳まれたパンストを、真面目な顔でまるで高価なブランド品のように捧げ持つ彼の手から慌てて奪った。白衣のポケットに無造作に突っ込んでいたのが、食堂の椅子に白衣を掛けた際に落ちたのだろう。

「わ、わざわざありがとうございます…」

男性に履いていたパンストを拾って届けてもらうことになるなんて、躓いて転びそうになるより恥ずかしい。

「こんなに、丁寧に畳んでくれなくても…」
「変わった素材の貴重な異世界の品ですから」
「そんな大したものでは…」

三足千円の三割引で買ったもので、もうすでに何度か履いているもの。彼の言うような立派なものではない。

「少し破れていましたから、僭越ながら魔法で補修させていただきました」
「ほ、補修…」

極めつけに、破れていることまで見られていた。パンストをじっくり観察したということだ。

「数少ないあなたの世界から持ち込んだ持ち物ですから、粗雑には扱えません。それにどうやらこの世界の技術では作るのは難しそうですから、大切にしまって置かれるのがよいでしょう」

たかがパンスト。日本でならいくらでも買えるけれど、ここではそれもできない。
彼は私にとって大切な物だと思ったから、こんな風に布に包んで持ってきてくれたのだ。

「気を遣っていただいてありがとうございます」

この状態を何と言えばいいのだろう。ここまで会ったばかりの人に醜態を見せることになるとは思わなかった。

「まだまだ至らないことだらけです。どうすればあなたをおもてなしできるか。家主として何の知識も持たず、満足な接待もできません。食事もお口に合わなかったようですしね」
「いえ、そんなことは…食事のことは、単に私の許容量の問題です。元の世界でも似たようなものがありますから、美味しくいただきました」
「無理をしないでください。私はあなたの世界のこともこれまでのあなたの暮らしのことも、何も知らない。もてなすと言っても、それは我々の常識の範囲でのこと。良かれと思ってしたこともあなたには負担に感じることもあると思います」
「それは…」
「だから遠慮なさらず、して欲しいこと、したいことをおっしゃってください。我が家の使用人が仕えるのは私とレディ・シンクレアしかいません。使用人たちも仕え甲斐がないことでしょう。人手はたくさんありますから、あなたの要望には無理なく対応できると思いますよ」

ここまで言ってくれて、変に遠慮するのはかえって気分を害するのではないだろうか。
何か言った方がいいのかと考えて、食事の話が出たついでにお願いしてみることにした。

「では、明日厨房を見せていただいてもよろしいでしょうか」
「厨房?」

意外だったらしく、目を細めて問い返された。

「駄目ですか?」
「駄目と言うか…何故か訊いても?」
「お食事…美味しくなかったわけではないのです。ただ、こちらのお食事は私にとってはたまに食べるならいいのですが、毎食ではとても胃がもちません」

衣食住の衣は清潔である程度着られれば好みは問わない。住も屋根があって雨露が凌げれば御の字。ここは贅沢過ぎるくらいだ。
でも食は、たった一食食べただけだが、ここの食事に慣れる前に胃が音を上げそうだ。
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