異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます
34 ホロンとソル
ナーシャとスフィアに手伝ってもらい、ゆったりとした流れる薔薇色のワンピースに着替えた。
王女様たちの着ていたものだっただけにピンクや赤と言った暖色系や可愛らしいものが多い。
食堂に着くとすでにアドルファスさんが来ていて、窓辺に立ち食前酒を片手に佇んでいた。立ち居振る舞いも優雅で、まるでプロマイド写真の一枚を見ているようだ。
「お待たせしました」
「女性の支度が整うのを待てないようでは、貴族は務まりません」
持っていた食前酒の杯を窓の縁に置いて彼が私の前に歩いてくる。
「そうでしょ? レディ」
「アドルファスの言うとおりです。女性の支度が出来るまでの時間を潰せないようでは、立派な貴族の男性とは言えません」
私のすぐ後ろにレディ・シンクレアが来ていて、孫の言葉に頷く。
「このように美しい姿を拝見出来るなら、待った甲斐があるというものです」
日本で聞いたら確実に鳥肌ものな台詞でも、アドルファスさんの口から紡ぎ出されると何とも甘ったるく聞こえて、少しも嫌味に感じない。これが経験値の差なのか。社交辞令だとは思いながら、久しく…殆ど聞いたことのない褒め言葉に面映ゆくなる。
席に着くとまずそれぞれの杯にお酒が注がれ、料理が次々と運ばれてきた。
昨日と同じ焼いた肉以外に、今夜は朝のうちに厨房でルディクさんたちと仕込んだ料理も運ばれてきた。
ひき肉となすびのトマトソース、ハンバーグ、肉詰めピーマンの三皿が食卓に並べられた。
トマトソースの赤、ピーマンの緑が食卓に色を添える。
「こうして見ると野菜があった方がお皿が華やかね」
「そうですね」
「人が生きるために必要な栄養素は、肉からだけでは摂取できないものもあります。彩りだけでなく、体にもいいんです」
「食べるということは空腹を満たし、生きるための糧とすること。そこに必要な要素が含まれているなど、考えたことがなかった」
「私のいた世界では当たり前のことですが、きっと魔法があるということで、気にも止められなかったのでしょう」
魔法である程度のことが出来てしまえば、科学という概念はないのかもしれない。魔法で治療出来るなら、医学は発展する必要がない。
「難しいことは別にして、これまで美味しいものを見過ごしてきてきたのは残念だわ」
「このソースの甘み…肉も細かくすることでまた食感が変わって面白い」
「緑のは独特の苦味があって好き嫌いが分かれるところね。私はこの苦味がくせになるけど」
ピーマンは好みが大きく分かれるところだ。トマトも生だと酸味が気になる人もいるが、ソースにすると平気な人も多い。
二人に取って初めての野菜を取り入れた夕食は、まずまず好評だった。
食事が終わるとレディ・シンクレアはやることがあると言って早々に食堂を後にした。
「もしまだ眠くないなら、少しお付き合いしてもらってもよろしいですか」
「…はい、それは…構いませんが」
何をするのだろうと思いながら頷いた。
「実は先程トーマスを訪ねた時に、いい話を聞いたのです。是非あなたに見せたいと思いまして」
「見せたいもの?」
「それは来ればわかります」
右手が差し出され、その手に手を重ねて立ち上がった。
彼に手を取ってもらって歩くのはこれで何度目か。昨日会ったばかりなのに、これまで付き合った誰よりも自然に手に触れている気がする。
とても自然なエスコートは、場馴れしているという事なんだろう。
「その色…良く似合っていますね」
さっきと同じように庭に出ると、同じ場所なのに昼間と雰囲気が違った。月の光に照らされて草花が白く輝いて見える。
「ここは月が大きくて青いのですね」
「月? ああ、あなたの世界では夜に輝くあれを『月』と呼ぶのですね」
「『月』ではないのですね」
「『ソル』私達の世界ではそう呼びます」
「ソル…では昼間のは? 私の世界では『太陽』と呼ぶんです」
「それは『ホロン』です」
「ホロン…」
「ホロンとソルは神話の世界では双子の兄弟で、ホロンが兄、ソルが弟です。我々がいるこの地をルケーと言い、その昔、ホロンとソルはルケーを巡り争ったとされています。彼らの争いで平らだったルケーの地は荒れ、それが山や谷、池や湖になったとされています」
二人の争いで傷ついたルケーの姿を見かねた創世神が怒り、二人に罰を下した。二人に下された罰は永遠に昼と夜のルケーを照らし続け見守ること。決してルケーの地に足を踏み入れてはならないというものだった。
「じゃあソルは自分で輝いているんですね」
中空に浮かぶ月、ソルを見上げる。
「どういう意味ですか?」
「月は太陽の光を受けて輝きます。地球…私達の暮らす惑星と太陽の位置のズレで満ち欠けしているように見えるのです」
「なるほど、日によって見える形が変わるなんて面白いですね。ホロンとソルは常に丸い」
話しているうちに辿り着いたのは夕方訪れた温室だった。
「見せたいものはこの奥にあります」
先程私が行かなかった奥へ進む。
ガラスにソルからの光が射し込み、全てが青白く光って見える。
奥に近づくにつれ、何か甘い匂いが漂ってきた。
「ここです」
アドルファスさんが私を連れてきたその先には、白い百合のような花をいくつも垂らした大きな木があった。
王女様たちの着ていたものだっただけにピンクや赤と言った暖色系や可愛らしいものが多い。
食堂に着くとすでにアドルファスさんが来ていて、窓辺に立ち食前酒を片手に佇んでいた。立ち居振る舞いも優雅で、まるでプロマイド写真の一枚を見ているようだ。
「お待たせしました」
「女性の支度が整うのを待てないようでは、貴族は務まりません」
持っていた食前酒の杯を窓の縁に置いて彼が私の前に歩いてくる。
「そうでしょ? レディ」
「アドルファスの言うとおりです。女性の支度が出来るまでの時間を潰せないようでは、立派な貴族の男性とは言えません」
私のすぐ後ろにレディ・シンクレアが来ていて、孫の言葉に頷く。
「このように美しい姿を拝見出来るなら、待った甲斐があるというものです」
日本で聞いたら確実に鳥肌ものな台詞でも、アドルファスさんの口から紡ぎ出されると何とも甘ったるく聞こえて、少しも嫌味に感じない。これが経験値の差なのか。社交辞令だとは思いながら、久しく…殆ど聞いたことのない褒め言葉に面映ゆくなる。
席に着くとまずそれぞれの杯にお酒が注がれ、料理が次々と運ばれてきた。
昨日と同じ焼いた肉以外に、今夜は朝のうちに厨房でルディクさんたちと仕込んだ料理も運ばれてきた。
ひき肉となすびのトマトソース、ハンバーグ、肉詰めピーマンの三皿が食卓に並べられた。
トマトソースの赤、ピーマンの緑が食卓に色を添える。
「こうして見ると野菜があった方がお皿が華やかね」
「そうですね」
「人が生きるために必要な栄養素は、肉からだけでは摂取できないものもあります。彩りだけでなく、体にもいいんです」
「食べるということは空腹を満たし、生きるための糧とすること。そこに必要な要素が含まれているなど、考えたことがなかった」
「私のいた世界では当たり前のことですが、きっと魔法があるということで、気にも止められなかったのでしょう」
魔法である程度のことが出来てしまえば、科学という概念はないのかもしれない。魔法で治療出来るなら、医学は発展する必要がない。
「難しいことは別にして、これまで美味しいものを見過ごしてきてきたのは残念だわ」
「このソースの甘み…肉も細かくすることでまた食感が変わって面白い」
「緑のは独特の苦味があって好き嫌いが分かれるところね。私はこの苦味がくせになるけど」
ピーマンは好みが大きく分かれるところだ。トマトも生だと酸味が気になる人もいるが、ソースにすると平気な人も多い。
二人に取って初めての野菜を取り入れた夕食は、まずまず好評だった。
食事が終わるとレディ・シンクレアはやることがあると言って早々に食堂を後にした。
「もしまだ眠くないなら、少しお付き合いしてもらってもよろしいですか」
「…はい、それは…構いませんが」
何をするのだろうと思いながら頷いた。
「実は先程トーマスを訪ねた時に、いい話を聞いたのです。是非あなたに見せたいと思いまして」
「見せたいもの?」
「それは来ればわかります」
右手が差し出され、その手に手を重ねて立ち上がった。
彼に手を取ってもらって歩くのはこれで何度目か。昨日会ったばかりなのに、これまで付き合った誰よりも自然に手に触れている気がする。
とても自然なエスコートは、場馴れしているという事なんだろう。
「その色…良く似合っていますね」
さっきと同じように庭に出ると、同じ場所なのに昼間と雰囲気が違った。月の光に照らされて草花が白く輝いて見える。
「ここは月が大きくて青いのですね」
「月? ああ、あなたの世界では夜に輝くあれを『月』と呼ぶのですね」
「『月』ではないのですね」
「『ソル』私達の世界ではそう呼びます」
「ソル…では昼間のは? 私の世界では『太陽』と呼ぶんです」
「それは『ホロン』です」
「ホロン…」
「ホロンとソルは神話の世界では双子の兄弟で、ホロンが兄、ソルが弟です。我々がいるこの地をルケーと言い、その昔、ホロンとソルはルケーを巡り争ったとされています。彼らの争いで平らだったルケーの地は荒れ、それが山や谷、池や湖になったとされています」
二人の争いで傷ついたルケーの姿を見かねた創世神が怒り、二人に罰を下した。二人に下された罰は永遠に昼と夜のルケーを照らし続け見守ること。決してルケーの地に足を踏み入れてはならないというものだった。
「じゃあソルは自分で輝いているんですね」
中空に浮かぶ月、ソルを見上げる。
「どういう意味ですか?」
「月は太陽の光を受けて輝きます。地球…私達の暮らす惑星と太陽の位置のズレで満ち欠けしているように見えるのです」
「なるほど、日によって見える形が変わるなんて面白いですね。ホロンとソルは常に丸い」
話しているうちに辿り着いたのは夕方訪れた温室だった。
「見せたいものはこの奥にあります」
先程私が行かなかった奥へ進む。
ガラスにソルからの光が射し込み、全てが青白く光って見える。
奥に近づくにつれ、何か甘い匂いが漂ってきた。
「ここです」
アドルファスさんが私を連れてきたその先には、白い百合のような花をいくつも垂らした大きな木があった。