異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます
36 箒ではなく
仮面のことが気になるのはわかるが、それを卑下することについ勢いで責めてしまった。
俯いて無言になったアドルファスさんが怒るのではと心配になった。
「フッ…」
「アドルファスさん?」
彼の口元が緩み、クスクスと笑いだした。
「そうですね…こうやって面と向かって顔を合わせれば、嫌でも目には入りますから気にはなりますね」
そこまで面白いことを言ったかと思いながら、逆ギレされなかったことにホッとした。
「すみません…説教じみたことを言いました」
「謝らないでください。何も悪いことは言っていません。五年も経つんです。恥ではないとわかっていて受け入れていたつもりなんですけど…」
「でも、後悔されてはいないのですよね。部下の方たちの命が救えたのですから」
「ええ…」
「あの時ああすれば良かった。もっと違う方法があったのでは…誰だってそういうことのひとつや二つあります。でも過去には…」
「どうしました?」
「もしかして、過去に戻る魔法って、あるんですか?」
ここは魔法が使える。私が知らないだけでそんな魔法があるのかと訊いてみた。
「それは神の領域です。どんな大魔法使いも時を操ることは出来ません。失った命を復活させることも無理です。植物の成長を促すとか、物を劣化させる程度です」
何でも訊いて見るものだ。魔法なら何でも出来ると思ったが、そうではないらしい。
「異世界では空想の物語に魔法が出てくるんです。箒に跨って空を飛んだり、姿を消したり違うものに化けたりして…」
「箒とは、掃除に使うあれですか? 変わったものに跨がるんですね。それほど座る幅はないと思いますが」
言われてみれば、箒の柄は掴んで跨がるにはかなり無理がある。
「確かに。座りづらいよね。最初にそんなことを考えた人は、どうして箒に跨がれると思ったんでしょう」
魔女といえば箒に跨って飛ぶという固定概念がないアドルファスさんに指摘され、改めてその不自然さに気づいた。
「箒はありませんが空なら飛べますよ」
アドルファスさんが手を差し出す。
「飛ぶと言うよりは浮かぶ感じなので、お気に召すかわかりませんが」
「え、まさか…」
「試してみますか」
差し出された彼の手に手を乗せると、風が巻き起こり体が浮き上がった。
「うそ…う、浮いて…」
アドルファスさんと向かい合ったまま、上へ上がるように体が上がっていく。吹き抜けのエレベーターから景色を見ているようだ。
あっという間に温室の天井近くまで上がり、さっき見上げていた夜光香の木を見下ろしていた。
「す、すごい、すごいすごい!すごい、きゃあ!」
興奮して彼を見上げたら、バランスが崩れた。
「危ない!」
滑ってずっこけそうな体勢になり、背中をアドルファスさんに支えられてもらわなければ、空中で宙返りするところだった。
「しっかり体軸を保っていないと危ないですよ。初心者は良くこうなるんです」
「あ、ありがとう…ございます」
「このまま掴まっていてください」
「え、きゃっ!」
背中から腰に降りた手に支えられ、さらに開いた天井から外へと浮き上がった。
優しい風が体の周りに纏わり付く。アドルファスさんの長い髪が毛先から水の中にいるみたいに広がり、肩までの長さしかない私の髪は顔の周りでふわふわとたなびく。
明るいソルの光が輝く中、アドルファスさんの腕の中で一気に屋敷の屋根より高く昇った。
「ユイナさん、あちらを見て」
向きが変わり、彼が言う方向を見た。
「…………」
あまりの美しさに言葉を失った。
ソルの光に照らされた尖塔の建物が白く輝いていた。
かの有名なアミューズメントパークのシンボルであるお城のライトアップのように。
プロジェクションマッピングも、花火もレーザーもないけれど、どこかヨーロッパの世界遺産に登録された古い街並みのような風景が広がっていた。
遠くに煌めいているのは海か湖か。その先には高い山々の稜線が左右に広がっている。
「どうですか、ラグランジュ王国の王都、ファユージャは?」
何も言えず見える景色を見つめている私のすぐ近くで声が聞こえ、首を巡らせると、そこにアドルファスさんの顔が目の前にあった。宙に浮いているので身長差が無くなり、至近距離に顔がある。
見上げてばかりだったアドルファスさんの髪と同じ色の銀色のまつげと、少し黒味掛かった眉が良く見えた。
肌もキメが細かく、すっと通った鼻筋と意外にぽってりとした下唇が視界に入った。
やだ、私…すっぴん…
化粧道具もなかったので、昨夜顔を洗ったまま、素顔なことに気づいた。
「す、すごいです。すごく綺麗で」
さっきから「すごい」しか言っていない。私の語彙力はどこへ行ったのか。
「夜光香も綺麗だったけど、こっちも………すごく綺麗です」
仮面があろうがなかろうが、アドルファスさんの造形もかなりのインパクトだった。直視出来ず、顔を背けかけて、そうすると彼の仮面が嫌だと思ったと勘違いされるかもと、思いとどまった。
結果、顔はそのままで視線だけ下を向けることになった。
でもそれはそれで、男性らしい喉仏とかすっきりとした首筋が目について、またいたたまれなくなった。
俯いて無言になったアドルファスさんが怒るのではと心配になった。
「フッ…」
「アドルファスさん?」
彼の口元が緩み、クスクスと笑いだした。
「そうですね…こうやって面と向かって顔を合わせれば、嫌でも目には入りますから気にはなりますね」
そこまで面白いことを言ったかと思いながら、逆ギレされなかったことにホッとした。
「すみません…説教じみたことを言いました」
「謝らないでください。何も悪いことは言っていません。五年も経つんです。恥ではないとわかっていて受け入れていたつもりなんですけど…」
「でも、後悔されてはいないのですよね。部下の方たちの命が救えたのですから」
「ええ…」
「あの時ああすれば良かった。もっと違う方法があったのでは…誰だってそういうことのひとつや二つあります。でも過去には…」
「どうしました?」
「もしかして、過去に戻る魔法って、あるんですか?」
ここは魔法が使える。私が知らないだけでそんな魔法があるのかと訊いてみた。
「それは神の領域です。どんな大魔法使いも時を操ることは出来ません。失った命を復活させることも無理です。植物の成長を促すとか、物を劣化させる程度です」
何でも訊いて見るものだ。魔法なら何でも出来ると思ったが、そうではないらしい。
「異世界では空想の物語に魔法が出てくるんです。箒に跨って空を飛んだり、姿を消したり違うものに化けたりして…」
「箒とは、掃除に使うあれですか? 変わったものに跨がるんですね。それほど座る幅はないと思いますが」
言われてみれば、箒の柄は掴んで跨がるにはかなり無理がある。
「確かに。座りづらいよね。最初にそんなことを考えた人は、どうして箒に跨がれると思ったんでしょう」
魔女といえば箒に跨って飛ぶという固定概念がないアドルファスさんに指摘され、改めてその不自然さに気づいた。
「箒はありませんが空なら飛べますよ」
アドルファスさんが手を差し出す。
「飛ぶと言うよりは浮かぶ感じなので、お気に召すかわかりませんが」
「え、まさか…」
「試してみますか」
差し出された彼の手に手を乗せると、風が巻き起こり体が浮き上がった。
「うそ…う、浮いて…」
アドルファスさんと向かい合ったまま、上へ上がるように体が上がっていく。吹き抜けのエレベーターから景色を見ているようだ。
あっという間に温室の天井近くまで上がり、さっき見上げていた夜光香の木を見下ろしていた。
「す、すごい、すごいすごい!すごい、きゃあ!」
興奮して彼を見上げたら、バランスが崩れた。
「危ない!」
滑ってずっこけそうな体勢になり、背中をアドルファスさんに支えられてもらわなければ、空中で宙返りするところだった。
「しっかり体軸を保っていないと危ないですよ。初心者は良くこうなるんです」
「あ、ありがとう…ございます」
「このまま掴まっていてください」
「え、きゃっ!」
背中から腰に降りた手に支えられ、さらに開いた天井から外へと浮き上がった。
優しい風が体の周りに纏わり付く。アドルファスさんの長い髪が毛先から水の中にいるみたいに広がり、肩までの長さしかない私の髪は顔の周りでふわふわとたなびく。
明るいソルの光が輝く中、アドルファスさんの腕の中で一気に屋敷の屋根より高く昇った。
「ユイナさん、あちらを見て」
向きが変わり、彼が言う方向を見た。
「…………」
あまりの美しさに言葉を失った。
ソルの光に照らされた尖塔の建物が白く輝いていた。
かの有名なアミューズメントパークのシンボルであるお城のライトアップのように。
プロジェクションマッピングも、花火もレーザーもないけれど、どこかヨーロッパの世界遺産に登録された古い街並みのような風景が広がっていた。
遠くに煌めいているのは海か湖か。その先には高い山々の稜線が左右に広がっている。
「どうですか、ラグランジュ王国の王都、ファユージャは?」
何も言えず見える景色を見つめている私のすぐ近くで声が聞こえ、首を巡らせると、そこにアドルファスさんの顔が目の前にあった。宙に浮いているので身長差が無くなり、至近距離に顔がある。
見上げてばかりだったアドルファスさんの髪と同じ色の銀色のまつげと、少し黒味掛かった眉が良く見えた。
肌もキメが細かく、すっと通った鼻筋と意外にぽってりとした下唇が視界に入った。
やだ、私…すっぴん…
化粧道具もなかったので、昨夜顔を洗ったまま、素顔なことに気づいた。
「す、すごいです。すごく綺麗で」
さっきから「すごい」しか言っていない。私の語彙力はどこへ行ったのか。
「夜光香も綺麗だったけど、こっちも………すごく綺麗です」
仮面があろうがなかろうが、アドルファスさんの造形もかなりのインパクトだった。直視出来ず、顔を背けかけて、そうすると彼の仮面が嫌だと思ったと勘違いされるかもと、思いとどまった。
結果、顔はそのままで視線だけ下を向けることになった。
でもそれはそれで、男性らしい喉仏とかすっきりとした首筋が目について、またいたたまれなくなった。