異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

39 求められた役割

更にアドルファスさんは付け加えた。

「でも、もう少しここの生活に慣れてからでも構わないと思いますが、どうですか。今はまだこれまでと違う世界を楽しむことを優先しましょう」

空中からゆっくりと、ワルツを踊るように降りていき、温室の前の地面に降り立った。

地面に降りた瞬間自分の体重がずしりと感じられた。無重力体験はないが、それに似ているのかもしれない。

地上に降りたところで空中にいた時には忘れていた身長差を実感する。

間近に見えていたアドルファスさんの顔が遠のいて何故か残念に思ってしまった。

「もう夜も遅いですから、そろそろ部屋に戻りましょう」
「素敵な景色を見せてくれてありがとうございました」
「私も楽しかったです。見慣れた景色もあなたと一緒に見るとまた違った趣きがありました」

それがアドルファスさんの思いやりだとわかっていても嬉しかった。

部屋へ戻ると、ベッドの上に置かれていたものを見つけた。

「あれ、これ昨日と違う」

用意されていた寝間着は昨日と同じものだったが、両方の腰の位置にリボンが付いていた。それを両紐を交差させて腰の辺りで結べば体にピッタリと合う。

「誰かがアレンジしてくれたんだ」

肩周りは緩いけど、これで体が服の中で泳ぐことはない。
お風呂に入り、ついいつもの癖で髪の毛も洗ってしまったけど、ドライヤーがない。
昨日はたまたまアドルファスさんが忘れ物(落とした脱いだストッキング…それは忘れたいけど)を届けに来てくれて助かったけど、今夜はそうはいかない。
いつでもとは言ってくれたけど、さすがに社交辞令だろう。

そう思っていると部屋の扉を誰かが叩いた。

「はい、どうぞ」

ナーシャかスフィアが戻ってきたのかと思ったが、入ってきたのはアドルファスさんだった。

アドルファスさんは入浴を済ませ、昨日と同じ装いで現れた。

「あの、何か」
「先程神殿から返事が来ました」
「本当ですか!」

彼から手紙を受け取る。それは日本語で書かれていた。

「是非来て一緒に昼食をと書いてあります」

すぐに開封して中の文章に目を通した。

「是非来てほしいそうです」
「では、我が家から馬車を出します。神殿までどう行けばいいかご存知ないでしょうし、ここから少し距離がありますから」
「ありがとうございます。助かります」

ここの地理もわからない。彼には何から何まで助けてもらって申し訳ない。

財前さんも見知らぬ場所と見知らぬ人たちに囲まれて、心細い思いをしているかも知れない。その上何やら大変な儀式が控えている。大変な任務だけど、彼女ならやってのけるだろうと思うが、励ましてあげたい。

「お礼は必要ありません。我が家のものは遠慮せず何でも使ってください。ところで、今夜も『ドライヤー』が必要ではありませんか?」

タオルを巻いたままの私の髪を見て彼が言う。

「あ、これはその…」
「今夜も乾かさせていただいてもよろしいですか?」

魔法ではなく、手を伸ばして頭のタオルを剥がす。水滴は滴ってはいないが、まだまだ濡れていて重みがある。

「え、あ…その…え…まさか本当に今日も?」
「昨日そう言いました」
「その場の勢いかと…」
「その場しのぎに出来ないことは言いません」

どうやら彼は有言実行の人らしい。

「必要ありませんでしたか?」

私の肩に掛かる毛先を指に巻き付ける。

「い、いえ…その…ではお願いします」

「それ…着心地はどうですか?」

昨日と同じように一瞬で髪を乾かしてから、着ているものについて訊ねられた。

「はい。ぴったりして…誰かが手直ししてくれたみたいで」
「夕べはかなりブカブカだったから、何とかするように言ってあったんです。急にあなたをお迎えすることになったせいで、何もかも揃わなくて申し訳ない」
「アドルファスさんがこうするように指示を?」
「余計なお世話でしたか?」
「いいえ。ありがとうございます」

ストッキングのことと言い、寝間着のことと言い女性の身の回りのことまで気が回るなんて、出来すぎる。

「アドルファスさんの恋人はきっと幸せでしょうね」
「そう思いますか?」
「レディ・シンクレアの指導もあるんでしょうけど…」
「女性への接し方は色々と…女性が体格も力も男性より弱くても決して弱いとは言えないことも教わりました。敵に回せばどうなるかも」
「素敵な指導ですね。お母様も同じですか?」
「母は…」

領地で療養中だと言う母親の話題で彼の顔が一瞬曇った。
昨日もそんな様子だった。
家族だから、血の繋がりがあるからと言って、みんなが皆、仲が良くて何の問題もないとは思っていない。

「今の質問は忘れてください」
「大丈夫です。母は体が弱くて…女性が護るべき存在であることを一番に教えてくれました」

今朝レディ・シンクレアが、彼の母親は体が弱くて次の子は望めなかったと言っていた。

「それよりさっきの話…私の恋人になる女性は本当に幸せだと思いますか」
「もちろんです。少なくとも私が今まで付き合った男性たちとは違う。私もいい彼女でなかったと思いますから、偉そうなことは言えませんけど」

うまくいかなかったのは私にも原因があったかもしれない。相手が悪いと責めてばかりもいられない。

「では、その幸せな女性に立候補する気はありませんか?」
「え?」

よく意味が理解出来ずに訊き返した。

「今…なんて?」

目を丸くして彼に問い返した。
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