異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

46 内職

「私はユイナと言います」
「おれはファビオだ。すまないが、頼む」
「はい。あ、水は少しずつこまめに飲んでくださいね。でないとまたぶり返しますから」
「わかったよ」

ファビオさんを建物の影で休ませて、私は彼の店番をすることになった。

彼の売り物は革製品。鞣した革そのままや、それをベルトや小物入れなどに加工している。

「ファビオさんは職人ですか?」

某チキンで有名な店の創業者を若くした感じの雰囲気のファビオさんについて訊ねた。

「本業はそうらしいね。でも注文をもらって作るだけじゃなかなか金にならないから、こうして余った革で片手間に作ったものなんかを売っているそうだよ」

私の質問にミランダさんが答える。

「それよりおじょうちゃんは、どうしてここに? 着ている物も上等そうだけど、こんなところで店番なんか…頼んだ私らが言うことじゃないけど」
「お世話になっている人に用意してもらったもので、私は特にお金持ちではないです」
「そうか…でもさっきのファビオへの処置は、前にも世話したことがあると言っていたけど」
「夏場はそうなる人が多くて、体の調子が悪い人を看病したり健康管理が仕事でしたから」

聖女召喚の時にも、財前さんが熱中症で寝込んでいたところだった。

「ミランダさんも気をつけてくださいね。喉が乾いたと思ったときには、もう遅い時もあります。寒い時でも水分はきちんととってください。人間の体の七割は水分ですから」
「へ、七割も…そんな風には思えないけどね」

ミランダさんが驚いて自分の体を眺め回した。
魔法があるせいか、ここでは人体の仕組みについての知識が不足している。彼女たちが知らないだけかも知れないけど。それとも体の造りも違う?

「ところでさ、聖女様が召喚されたって聞いたよね」
「は、はい。神殿も聖女様に会いに来た人でいっぱいでした。色々な国からも来てるみたいですね」
「私らも行ってみたけど、私らみたいな下々の者はなかなか会えないね。それでも聖女様が現れてくれて、これで魔獣の被害がなくなるかと思うと有り難いことだよ」
「やっぱり、魔獣の被害って大変ですか」

魔獣と言われてもまだピンとこない。アフリカなどの平原でライオンなどの猛獣に出くわすようなものなのか。それすら、サファリパークのような放し飼いの所で飼育員から餌の肉を与えられているような姿しか見たことがない。魔獣に襲われるということが現実にあって、誰か大切な人が命を奪われる。そんな世界なのだ。ここは。

「王都はまだ魔獣の被害はないけど、魔巣窟に近いところでたくさん死んでるのは確かさ。騎士団が討伐に何度も赴いてはいるけど、元を断たないといつまでも被害は続く。でもようやく聖女様が現れてくれて、これで希望ができたよ」

私は目の前に広がる市場の風景を眺めた。平和そうに見える生活に影を落とす魔巣窟の存在。
財前さんの存在は、ここでは大きな希望なんだ。

これまでまったく別の世界にいた人物が、この世界の希望になるなんて不思議な縁だ。

財前さんがそうなら、私はどうなんだろう。
ここでは財前さんにひっついて召喚された存在。
でもそんな人物が自分の存在価値を見出して生き抜いていく話もあった。
それはその人がその物語の主人公だから有り得る話だった。
元の世界でも単なる保健室の先生で、特に注目される存在でもなかったのに、異世界に来て急に特別な存在になるなんてことや、何か偉業を成し遂げるようなことになるわけがないか。

「魔巣窟、早く無くなるといいですね」
「ああ、そうだね」

薄い雲が風に流れて行くのを眺めながら、自分はなんてちっぽけな存在なんだろうと思った。

『もし必要なら、私がここにいる間のあなたの役割について、考えてあげます』
『先程言ったでしょ、ここで何か役割をと…『私の恋人』役というのはどうですか?』
夕べアドルファスさんに言われたことを思い起こす。
その提案を受けるべきかわからない。ただ、『アドルファスさんの恋人』という言葉が私の胸を騒がせる。あのキスの続きが待っているのだとしたら…
彼は私を「女」として求めてくれている?

それから何人かお客さんが来て、鞣した革と革財布とベルトが売れた。

値切られたりもしたので、ファビオさんにその都度金額について訊ね、交渉しながらだった。

この国では銅貨と銀貨、金貨と大金貨があり、紙幣はない。
銅貨二十枚が銀貨一枚と、銀貨三十枚が金貨一枚と、大金貨一枚で金貨五十枚の価値だと知った。

ミランダさんの一ヶ月の稼ぎは大体金貨二枚程度だそうで、イメージでは金貨一枚十万円といったところだろうか。彼女は旦那さんと二人の子供と暮らしている。旦那さんは農業をしていて、そこで育てた花をミランダさんが売っているのだそうだ。

「本当に平民なのかい」

貨幣価値についてまったく無知な私を見てミランダさんが言った。

「もちろんです。両親も平民ですし…」

異世界から聖女とともに来たと言っていいのかわからないので、言葉を濁す。

「お客とのやり取りを見てると、そんな感じもするけどね。でも計算も早いし学があるようだし」
「迷惑をかけたね」
「ファビオさん、もう大丈夫ですか?」

ミランダさんになんて答えていいかと悩んでいると、体調を取り戻したファビオさんが戻ってきた。
随分顔色も良くなり、頭痛も収まったようだ。手遅れになる前で良かった。もっと酷い状態だと点滴などが必要になったりして、私では治すことができなかった。

「ミランダもありがとよ」
「隣同士だ。こんな時に助け合わないとね」
「おじょうちゃんにも何か礼をしないと」
「いいんです。たまたま通りかかっただけですから」
「そうは言っても…」
「なら、この細長く切った革をもらってもいいですか?」
「それは余って捨てるやつだから、ほしいならタダで上げるが、そんなのどうするんだ?」
「ちょっと思いついたことがあって…」

短い切れ端の端と端を結んで輪っかを作り、そこに長さが同じ革紐を二本、半分に折って表と裏にして通した。
それを交互に編んでいき、先を少し残して結び目を作って最初に作った輪の中に通した。
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