異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

51 人間クッション

「こ…えっと…」

誤魔化したり濁したりする隙もない。

「確かに何か役割があればと思いますけど…アドルファスさんにメリットは、」
「めり?」
「あ…得ということです。恋人になることに何の得が…」

突拍子もない提案。合コンをしたとしてもいきなり恋人になろうなんて言われたことない。

「私に得があれば納得するんですか?」
「そういうわけでは…でもなぜ恋人なんです?」
「それは、私が男であなたが女だから。私はあなたに異性として惹かれている。いつでもあなたに触れ、夜を共にする資格がほしい。それでは理由になりませんか」

伸ばされた手が、髪を、耳を、頬を掠める。
触れたのかもわからないくらいほんの一瞬。

夕べは突然唇を奪ったのに、今は許可がなければ触れられないかのように距離を置く。

男性経験がないわけではない。今までは『取り敢えず付き合ってみる?』という感じで始まった。
こんなあからさまに下心(?)ありで口説かれたことがない。
ここで首を縦に振るということは、それも含めて受け入れるということになる。

そしてそれを嫌とは思わない自分がいた。

その時馬車が大きく跳ねた。石か何かを踏んだのか馬車が跳ねた。スプリングがないので衝撃が直に伝わった。

「きゃっ!」

座席からお尻が上がってバランスを崩し馬車の壁にぶつかりそうになり身構えた。

けれどぶつかったのは柔らかい壁のようなもの。

そのまま体が宙に浮いて、座席とは違う座り心地の場所に落ち着いた。

「気をつけて」
「あ、あの…」

私はアドルファスさんの太腿の上に座っていた。

お尻の下に温かくてがっしりとしたアドルファスさんの太腿を感じる。
背中と腰に回された力強い腕に包まれる。
夕べ庭でもそうだったように、すぐ目の前にアドルファスさんの顔がある。

「アドルファスさん…じ、自分で…」

自分で座るからと降りようともがくものの、がっしりと抱き込まれて思うようにいかない。

「まだ暫く道が悪い。この方が安全です」
「で、でも…」

膝抱っこなんて、小さい頃親にも殆どしてもらったことがなく、それがこの歳で知り合って数日の人にされるとは。

「恥ずかしい…」
「私とあなたしかいません。誰に対して恥ずかしいんですか?」

他に人目がないことをいいことに、アドルファスさんは遠慮がない。
さっきは触れるのを躊躇っていた感じなのに。

「機会は見逃さないんです。もっと早くこうすればよかった」
「あ、ん…」

彼の手が優しく背中を撫で、ぞくりとした官能が背中を這い上がって、思わず声が出た。

「…………」
「あ、やめ…ん…」

一瞬驚きを見せたアドルファスさんがしたり顔で微笑み、もう一度背中を撫で上げた。

「背中を撫でただけで感じたんですか」
「ちが…」

違うと言いかけて、少しも説得力がないことに気づく。
アドルファスさんのアイスブルーの瞳は嘘や誤魔化しは通じない。

「恋人になったら、これ以上のことが体験できますよ」

それはまるで悪魔の囁きに聞こえた。人を快楽に誘う悪魔の囁き。

「いつもこんなことをしているんですか?」
「誰彼構わず手を出しているように思われるのは心外ですね。人は選んでいます。あなただから」

怪我で被った仮面のせいで、女性とは疎遠になっていると思っていた。
でも女性をその気にさせる腕は落ちていない。
それとも私がチョロいだけかもしれない。
アドルファスさんは私が自分に簡単に落ちると踏んでいるのか。

「やはりこの仮面が…」
「そ、そういうことでは…」
「冗談です。あなたがそんな人ではないとわかっています」
「冗談…お願いですから自虐ネタはやめてください」
「ね…ねた?」
「自分のことを貶めて言うことです。それで人の笑いを誘おうとすることですが、笑えません」
「そんなつもりはありませんでした。では、私のことが単に嫌いだと言うことですか?」
「嫌いとかそんなこと…」

この問答はいつまで続くのか。その間も彼の手は私の背中を何度も上下に撫で続ける。
声は何とか我慢できても、いちいち体は反応する。
そのうち背中だけでなく、腰の辺りやお尻のあたりまで伸びて、私がどこまで許すのか見計らっているのがわかる。

「嫌なら抵抗しないと、私はどこまでもつけあがりますよ」

実はさっきから太腿の辺りに硬いものが当たっていて、落ち着かない。
レインズフォード家への道のりはこんなに遠かっただろうか。

「私の怪我を気にしない、私のことが嫌いでもない。こうして私が触れれば反応する。後、何が問題ですか」
「問題…あまりに短絡的ではないですか…誘惑されて、簡単に靡くとか…レディ・シンクレアにも何て言ったら」
「ユイナさん、目を閉じて」
「え…」

突然目を閉じろと言われて戸惑う。

「何もしないから、私を信用して言うとおりにしてください」

躊躇う私に優しく諭すようにアドルファスさんが囁く。

「信用できないなら手を掴んでくれていいです」

一旦私の前に両手を差し出して見せる。

「そ、そこまでは…」
「では信用して目を閉じて」

彼を見るとふざけるつもりはなさそうだ。
言われるままに目を閉じた。

「素直ですね」

顔に息がかかって慌ててバチッと目を開けると、アドルファスさんの顔が更に迫っていた。

「な、何もしないって、」
「ええ、だから何もしてません」

両手を広げて自分は無罪だと主張する。電車の中で痴漢だと疑われないよう手を挙げる人みたい。

「本音を言えば、これが運命なのか、あなたが唯一無二の相手かはわかりません。でも、あなたを見て何かを感じたんです。長らく感じたことのないものを」
「何か…」

『愛している』とか一生を約束するものではない。ただ素直に男としての欲望をその目に滾らせ、私を見つめる。
その熱が私の中に埋もれていた性欲に火を点けた。

ざわざわと何かが胸をざわめつかせ、落ち着かない気持ちになる。このざわめきの正体が何なのか。
どうすればこのざわめきが収まるのかはわかる。

「いつから…始めるんですか」

気がつけば、そんな言葉を口から発していた。
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