異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます
56 聖女の力
私はこの世界で何の役割もない。その私にアドルファスさんは自分の『恋人』という役割はどうかと持ちかけた。
突拍子もない提案だと思う。普段の私なら絶対にうんとは言わない。というか、そんな提案を持ちかける人と知り合うこともない。
彼にとって私は何だろう。
聖女召喚に巻き込まれた気の毒な人?
国の責任だからと国王の命令で仕方なく面倒を見ている相手?
彼の仮面には少し驚いたけど、事情を知ればそれもなんてことはない。
逆に彼が抱えている重荷を知った。
他人の私のことなど、気にかけている暇なんてない筈。
「ぎゃっぷ…萌えというのは?」
「萌えるというのは、物や人に対して強い愛着を示した時に使う言葉なんです」
「強い愛着…」
「あ、私の言った萌えはそこまで強くは…ちょっとドキッとするくらいで…」
これでは私がアドルファスさんに告白しているみたいだ。恥ずかしくなって慌てて言い換えた。
焦って熱くなった顔を手で扇いで冷ます。
「なるほど…そのぎゃっぷと言うのがどんなものなのかはわかりました。萌えと言うのもなんとなく…」
「そ、そうですか…それは良かった」
「もっと見たいですか?」
「え?」
「あなただけに見せる私の姿、もっと見ますか?」
アドルファスさんはそう言って立ち上がると上着を脱ぎ捨てた。
「ア、アドルファスさん」
私が驚いていると、次に彼は仮面も剥がした。
満身創痍とはこのこと。
無駄な贅肉のない鍛えられた体。
左上半身は焼け爛れたような皮膚に覆われ、大きな獣の爪痕が残されていた。それも一つだけではない。所々ボコボコしているのは肉が抉られた痕なのかも知れない。
右上半身も無傷ではない。無数の細かい傷がついていた。
顔も左の眉はなく、額からこめかみ頬の皮膚が明らかに他の場所と色が違う。左の耳も変形している。
「神官長や魔塔の高位の治療師が、魔力が枯渇する寸前まで必死に治療してくれた。私が王族だから。それでもここまでが限界だった」
浄化や治療魔法があってもこれだけの痕が残るなら、元はもっと酷かったのかも知れない。
瞬きも、息をするのも忘れて見つめる。
「触っても…いいですか」
「………どうぞ」
少し躊躇ってから頷く。
手を伸ばし肩に触れる。五年の間に硬くなったざらついた皮膚の感触。それでも生きている人間の温かさが伝わる。
「くすぐったいですか?」
指を滑らせていくと、皮膚の下の筋肉がピクピクと動く。動きを止めて訊ねた。
「いや…気持ち悪くないですか?」
「いいえ」
顔は上げず、目だけを動かして彼の顔を見る。目は口ほどに物を言うと言う諺があるように、アドルファスさんとしっかり視線を合わせ、目で訴える。
「吐いたものを手で受け止めたり、こんな傷を触ったり、物怖じしない人ですね。どうです、モエましたか?」
重くなる空気を軽くするために、わざとふざけているようにも思える。
「体…すごく鍛えてるんですね」
細かい傷のある右側にも手を滑らせる。未だかつてこんなに鍛えた体を見たことがない。
「戦士は体が資本ですから。もう先陣を切って戦うことはないでしょうが、指導する者がふやけた体をしていては示しがつきません」
「自分に厳しいんですね」
「小さい頃からの習慣です。体を動かしていないと落ち着かないもので」
現役を辞してなお鍛錬を続け、自分を律するストイックさに感心する。
「騎士であれば大抵これくらいは鍛えている。何も私が特別ではない」
そう言って謙遜する。けれどこれほどの怪我を負っていたなら快復までにかなり時間がかかったはず。それまでに落ちた筋力をまた戻すのも大変だったろう。
「聖女様なら、時折襲ってくる魔素の痛みを浄化出来るんですよね。私がすぐにでも財前さんにお願いして」
「それは今は必要ない」
アドルファスさんはきっぱりと拒絶した。
「なぜ?」
「この国…この世界にとって魔巣窟の殲滅が急務であることは、あなたもわかっているでしょう?」
「それは…そのために聖女召喚を」
「魔巣窟はひとつではないんです。我が国以外にも大きさは違ってもいくつか存在する。聖女はそれらすべてを浄化するんです」
「でも、その合間に少しくらいは…」
「貴重な聖女の力を私事のためには使えません。それはこの世界の暗黙の決まりなんです。一人がそれをしてしまったら、全員に対して同じことをしなければならない。聖女の力は個人のために使ってはならないんです」
この世界のルール…ここで生まれ育ったわけではない私が…ましてそのうちここを去る予定の私がとやかく言う資格はない。
「すみません。余計なことを言いました」
「事情をよく知らないあなたに強く言い過ぎました」
「聖女でも無理なら、私が出来ることなど何もありませんね」
「いいえ、聖女様には出来なくても、あなたに出来ることならありますよ」
突拍子もない提案だと思う。普段の私なら絶対にうんとは言わない。というか、そんな提案を持ちかける人と知り合うこともない。
彼にとって私は何だろう。
聖女召喚に巻き込まれた気の毒な人?
国の責任だからと国王の命令で仕方なく面倒を見ている相手?
彼の仮面には少し驚いたけど、事情を知ればそれもなんてことはない。
逆に彼が抱えている重荷を知った。
他人の私のことなど、気にかけている暇なんてない筈。
「ぎゃっぷ…萌えというのは?」
「萌えるというのは、物や人に対して強い愛着を示した時に使う言葉なんです」
「強い愛着…」
「あ、私の言った萌えはそこまで強くは…ちょっとドキッとするくらいで…」
これでは私がアドルファスさんに告白しているみたいだ。恥ずかしくなって慌てて言い換えた。
焦って熱くなった顔を手で扇いで冷ます。
「なるほど…そのぎゃっぷと言うのがどんなものなのかはわかりました。萌えと言うのもなんとなく…」
「そ、そうですか…それは良かった」
「もっと見たいですか?」
「え?」
「あなただけに見せる私の姿、もっと見ますか?」
アドルファスさんはそう言って立ち上がると上着を脱ぎ捨てた。
「ア、アドルファスさん」
私が驚いていると、次に彼は仮面も剥がした。
満身創痍とはこのこと。
無駄な贅肉のない鍛えられた体。
左上半身は焼け爛れたような皮膚に覆われ、大きな獣の爪痕が残されていた。それも一つだけではない。所々ボコボコしているのは肉が抉られた痕なのかも知れない。
右上半身も無傷ではない。無数の細かい傷がついていた。
顔も左の眉はなく、額からこめかみ頬の皮膚が明らかに他の場所と色が違う。左の耳も変形している。
「神官長や魔塔の高位の治療師が、魔力が枯渇する寸前まで必死に治療してくれた。私が王族だから。それでもここまでが限界だった」
浄化や治療魔法があってもこれだけの痕が残るなら、元はもっと酷かったのかも知れない。
瞬きも、息をするのも忘れて見つめる。
「触っても…いいですか」
「………どうぞ」
少し躊躇ってから頷く。
手を伸ばし肩に触れる。五年の間に硬くなったざらついた皮膚の感触。それでも生きている人間の温かさが伝わる。
「くすぐったいですか?」
指を滑らせていくと、皮膚の下の筋肉がピクピクと動く。動きを止めて訊ねた。
「いや…気持ち悪くないですか?」
「いいえ」
顔は上げず、目だけを動かして彼の顔を見る。目は口ほどに物を言うと言う諺があるように、アドルファスさんとしっかり視線を合わせ、目で訴える。
「吐いたものを手で受け止めたり、こんな傷を触ったり、物怖じしない人ですね。どうです、モエましたか?」
重くなる空気を軽くするために、わざとふざけているようにも思える。
「体…すごく鍛えてるんですね」
細かい傷のある右側にも手を滑らせる。未だかつてこんなに鍛えた体を見たことがない。
「戦士は体が資本ですから。もう先陣を切って戦うことはないでしょうが、指導する者がふやけた体をしていては示しがつきません」
「自分に厳しいんですね」
「小さい頃からの習慣です。体を動かしていないと落ち着かないもので」
現役を辞してなお鍛錬を続け、自分を律するストイックさに感心する。
「騎士であれば大抵これくらいは鍛えている。何も私が特別ではない」
そう言って謙遜する。けれどこれほどの怪我を負っていたなら快復までにかなり時間がかかったはず。それまでに落ちた筋力をまた戻すのも大変だったろう。
「聖女様なら、時折襲ってくる魔素の痛みを浄化出来るんですよね。私がすぐにでも財前さんにお願いして」
「それは今は必要ない」
アドルファスさんはきっぱりと拒絶した。
「なぜ?」
「この国…この世界にとって魔巣窟の殲滅が急務であることは、あなたもわかっているでしょう?」
「それは…そのために聖女召喚を」
「魔巣窟はひとつではないんです。我が国以外にも大きさは違ってもいくつか存在する。聖女はそれらすべてを浄化するんです」
「でも、その合間に少しくらいは…」
「貴重な聖女の力を私事のためには使えません。それはこの世界の暗黙の決まりなんです。一人がそれをしてしまったら、全員に対して同じことをしなければならない。聖女の力は個人のために使ってはならないんです」
この世界のルール…ここで生まれ育ったわけではない私が…ましてそのうちここを去る予定の私がとやかく言う資格はない。
「すみません。余計なことを言いました」
「事情をよく知らないあなたに強く言い過ぎました」
「聖女でも無理なら、私が出来ることなど何もありませんね」
「いいえ、聖女様には出来なくても、あなたに出来ることならありますよ」