異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

78 置いてきたもの、置いていくもの

二日後、私はアドルファスさんと共に魔巣窟浄化の壮行会の宴に出るべく、王宮に向かった。
レディ・シンクレアは彼女をエスコートするレスタード卿と共に別で向かう。
卿とレディは幼馴染で、互いの伴侶が亡くなった今は、いいお茶飲み友達としての関係を築いているらしい。

私は四角い襟ぐりにレースをあしらったウエストを絞ったデザインで、ウエストが濃い紫で、裾に向かって薄くなるグラデーションのペティコート。その上から銀色の刺繍が施された紫紺のローブを羽織っている。

髪は短いので、襟足のところで纏め、大きなヴァレッタで留めている。

「ユイナ、綺麗ですよ」

何度もアドルファスさんが私を褒める。それは王宮についてからも続いていた。

「アドルファスさんも、素敵です」

アドルファスさんは儀礼用の宝飾品が付いた紺色のテイルコートにグレーのベストと白いシャツ、シルクのブルークラヴァットと足にピッタリとした白のスラックスという出で立ち。髪は首の後ろでクラヴァットと同じ生地のリボンで纏めている。
左顔面を覆う仮面も、黒に縁に銀糸で刺繍が施してある夜会仕様だ。

馬車から降りて歩く廊下は、ここに召喚された日に、アドルファスさんと歩いた所だった。今はその逆を歩く。あの時からほんの数日しか経っていないなんて信じられない。
不安だった日々もアドルファスさんのお陰で楽しく過ごせている。

「また見ているのですか?」
「だって、とても綺麗ですもの」

私は手首のブレスレットを何度も見つめていた。
屋敷を出るときにアドルファスさんがプレゼントしてくれたもの。
細い銀の輪のブレスレットに、小指の爪くらいのブルーのダイヤモンドがぐるりと散りばめられている。
宝石の価値はわからなくても、アドルファスさんの髪と瞳の色に似てとても美しい一品だった。

「今夜の宴に間に合って良かった。この前のブレスレットのお礼です」
「革の端切れで作ったものなのに、釣り合いが取れません」
「それほど私には価値があったということです。どうか返すなんて言わないでくださいね。あなたの手首を飾ることが出来なければ、そのブレスレットの価値は屑も同然です」

そこまで言われては断れない。
元の世界に帰る時まで、預かる気持ちで受け取った。
スマートウォッチの電源はもう無くなり、使えなくなった。一回の充電で7日は保つタイプだった。もっと保つものもあったが、デザインが気に入って購入したものなのでそこまで長持ちしない。
代わりにこれからはアドルファスさんからのブレスレットを付けることになる。
日本から持ってきたものが使用出来なくなり、異世界のものを身に付けている。
最初に着ていたシャツドレスやカーディガンは衣装棚にしまってある。今はボルタンヌさんが作ったドレスを着ている。

少しずつ元の世界にあったものを捨てて、新しい世界に塗り替えられていく感じがする。
いつになるかわからないけど、帰る日のことを思うと胸が苦しくなる。
果たして私はその時に帰りたいと思っているのだろうか。
向こうの世界に置いてきたものと、こちらの世界に置いていくもの。どちらを名残惜しく思うのだろう。

「ユイナ?」

隣に座るアドルファスさんを見上げ、変な感傷に浸ってしまう。
今は王宮内の部屋で、財前さんたちが来るのをアドルファスさんと二人で待っている。
宴が始まり、陛下が口上を述べられてから聖女を紹介する。その時私は彼女の後ろに控え、陛下から紹介されることになっている。

「どうしました?」

一番の変化はアドルファスさんとのこと。かつてここまで大事にされたことがあっただろうか。また、私もこの人のそんな想いに報い、彼が背負ってきたものを少しでも軽くしてあげたいとまで思うようになった。

「大丈夫ですか?」
「ええ、緊張しているだけ」

テレビなどでしか見たことのない王宮での宴の様子に、少なからず圧倒されているのも本当だった。
財前さんは聖女として魔巣窟浄化に向かうため、人々の前に立ち激励を受ける。
そして私も彼女と共に異世界から来た者として、国に保護されている身であることを紹介される。

「アドルファス、ずっと傍にいてくださいね」

ぎゅっと彼の手を握ると、「もちろんです」と、握り返してくれる。
それから周囲を窺い、そっと顔を寄せて口づけをくれた。

「あまり深くすると、紅が取れてしまいますから」

フワリと羽が触れるようなキスだった。初恋同士の甘酸っぱいキスのような。それだけで胸がいっぱいになった。
< 78 / 118 >

この作品をシェア

pagetop