異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます
81 この世界の異物
「初めてにしては上出来でしたよ」
二人になるとレディ・シンクレアが言ってくれた。さっきは厳しかったのに。
「アドルファスさんやレディ・シンクレアを始め皆さんが見守ってくれていたからです」
「可愛いことを言うのね」
「本当のことですから」
ちらちらと周りの人たちがこちらを見ているのがわかる。レディ・シンクレアが気になるのか、私が気になるのかわからない。でも近づけないのはきっとレディ・シンクレアがいるから。
こういう場では身分の低い者から話しかけるのは失礼にあたるらしい。身分のはっきりした世界でのお決まり。
王家の一員のレディ・シンクレアともなれば、ほとんどの人より身分は高い。そして今のところ彼女は他の人に話しかけるつもりはなさそうだ。
「宴の席であんな風に楽しそうにしているアドルファスを、久しぶりに見ました」
「え、そうなのですか?」
「怪我をする前に戻ったようです。怪我を負った後、当主を継いでからは、どうしても出席しなければならない宴のみ参加していましたが、始まると早々にバルコニーや庭に出て行っていましたから、本当に来ていたのかと疑われるほどでした」
レディ・シンクレアが彼とレスタード卿がいる方に視線を向ける。背が高い人ばかりなので私からは彼の姿は見えない。
「でも、いずれいなくなるかも知れないあなたに、どんどん気持ちを向けていくあの子が、不憫でなりません」
レディ・シンクレアの言葉にギクリとなる。
アドルファスさんと同じアイスブルーの彼女の視線が痛い。
「二人とも自分の考えを持った大人だと思い、目を瞑ろうと思いましたが、あなたが去った後のアドルファスの辛さを思うと、祖母としては複雑です」
「ご心配はごもっともなことだと思います」
私も元の世界に戻って、アドルファスさんを忘れられるかと聞かれたら、きっと忘れることはできないだろう。それほど彼との出会いは私の人生において貴重なものだ。
彼に取ってもそうなら、いずれ訪れる別れの時を思うと辛くなる。
そのことを承知で体を預けたのに。
「すべて承知の上とわかっていても、きっとあの子の心は血を流す。それを見過ごすべきか、今止めるべきか。永遠に続くと思っていたものを突然奪われる辛さを思えば、いつか失うとわかっていて今を大切にするのが良いか。どう思いますか?」
レディ・シンクレアが孫のアドルファスさんを心配するのは当然だ。
「老婆の口うるさい小言だと思ってくれて良いわ。あなたのことは嫌いではないけれど、私はあの子が最も傷つかない道を歩んで欲しい」
「おっしゃることは理解できます。私もレディの立場なら同じように思うでしょう」
「今、あの子が幸せそうにしている分、その落差が怖い。腕輪の意味をご存じ?」
「はい、先ほど彼が教えてくれました」
黒髪黒目の民族である日本にはない風習。私が片手間で作った革の腕輪と同等とはとても言えない、宝石を散りばめた豪華な腕輪。その金銭的価値以上にアドルファスさんの想いが籠められているのが、ヒシヒシと伝わる。
「あの子は怪我の後、一度婚約を破棄しています。そのことはご存じ?」
財前さんに会いに行ったときに彼女からそれらしい人がいたことを聞いたことを思いだし、頷いた。「された」ではなく、「した」という彼女の言葉が引っかかった。
「魔獣の討伐を終えて帰ってきたら、発表する予定で、まだ正式に発表した婚約ではありませんでした。その遠征であの怪我を負ってしまって、その話は流れてしまいました。断ったのはアドルファスからでした。醜い自分の傍に婚約者を縛り付けるのは可哀想だと言ってね」
正式に発表していようといまいと、結婚しようと思ったのなら、その女性に好意を持っていたはず。それを自ら諦めた上に、お母様のこともあったのなら、きっと体の傷以上に心を痛めたに違いない。
「アドルファスさんは元々素晴らしい人です。怪我をしたことだって彼が自分よりも他人を優先したから。皆、彼の素晴らしさを仮面のせいで見失っているだけで、きっと彼のことを支えてくれる人がいるはずです」
「それはあなたでは駄目ということ?」
間髪を容れずにそう聞き返され、どう答えるべきか迷った。
「私はこの世界に必要とされて呼ばれたのではないんですから。誤ってここに来たのなら、私という存在が、この世界の何かを歪めてしまうかも知れません」
SFは詳しくないが、体に入った異物を攻撃する抗体のように、無理矢理この世界に捩じ込まれた私は、この世界から弾き出されてしまうのではないだろうか。そんな不安を抱えていることを話した。
「あなたがこの世界に呼ばれた理由があるとは考えないのですか」
「お待たせしました」
そしてお酒と軽食を持ったアドルファスさんたちが戻ってきた。
二人になるとレディ・シンクレアが言ってくれた。さっきは厳しかったのに。
「アドルファスさんやレディ・シンクレアを始め皆さんが見守ってくれていたからです」
「可愛いことを言うのね」
「本当のことですから」
ちらちらと周りの人たちがこちらを見ているのがわかる。レディ・シンクレアが気になるのか、私が気になるのかわからない。でも近づけないのはきっとレディ・シンクレアがいるから。
こういう場では身分の低い者から話しかけるのは失礼にあたるらしい。身分のはっきりした世界でのお決まり。
王家の一員のレディ・シンクレアともなれば、ほとんどの人より身分は高い。そして今のところ彼女は他の人に話しかけるつもりはなさそうだ。
「宴の席であんな風に楽しそうにしているアドルファスを、久しぶりに見ました」
「え、そうなのですか?」
「怪我をする前に戻ったようです。怪我を負った後、当主を継いでからは、どうしても出席しなければならない宴のみ参加していましたが、始まると早々にバルコニーや庭に出て行っていましたから、本当に来ていたのかと疑われるほどでした」
レディ・シンクレアが彼とレスタード卿がいる方に視線を向ける。背が高い人ばかりなので私からは彼の姿は見えない。
「でも、いずれいなくなるかも知れないあなたに、どんどん気持ちを向けていくあの子が、不憫でなりません」
レディ・シンクレアの言葉にギクリとなる。
アドルファスさんと同じアイスブルーの彼女の視線が痛い。
「二人とも自分の考えを持った大人だと思い、目を瞑ろうと思いましたが、あなたが去った後のアドルファスの辛さを思うと、祖母としては複雑です」
「ご心配はごもっともなことだと思います」
私も元の世界に戻って、アドルファスさんを忘れられるかと聞かれたら、きっと忘れることはできないだろう。それほど彼との出会いは私の人生において貴重なものだ。
彼に取ってもそうなら、いずれ訪れる別れの時を思うと辛くなる。
そのことを承知で体を預けたのに。
「すべて承知の上とわかっていても、きっとあの子の心は血を流す。それを見過ごすべきか、今止めるべきか。永遠に続くと思っていたものを突然奪われる辛さを思えば、いつか失うとわかっていて今を大切にするのが良いか。どう思いますか?」
レディ・シンクレアが孫のアドルファスさんを心配するのは当然だ。
「老婆の口うるさい小言だと思ってくれて良いわ。あなたのことは嫌いではないけれど、私はあの子が最も傷つかない道を歩んで欲しい」
「おっしゃることは理解できます。私もレディの立場なら同じように思うでしょう」
「今、あの子が幸せそうにしている分、その落差が怖い。腕輪の意味をご存じ?」
「はい、先ほど彼が教えてくれました」
黒髪黒目の民族である日本にはない風習。私が片手間で作った革の腕輪と同等とはとても言えない、宝石を散りばめた豪華な腕輪。その金銭的価値以上にアドルファスさんの想いが籠められているのが、ヒシヒシと伝わる。
「あの子は怪我の後、一度婚約を破棄しています。そのことはご存じ?」
財前さんに会いに行ったときに彼女からそれらしい人がいたことを聞いたことを思いだし、頷いた。「された」ではなく、「した」という彼女の言葉が引っかかった。
「魔獣の討伐を終えて帰ってきたら、発表する予定で、まだ正式に発表した婚約ではありませんでした。その遠征であの怪我を負ってしまって、その話は流れてしまいました。断ったのはアドルファスからでした。醜い自分の傍に婚約者を縛り付けるのは可哀想だと言ってね」
正式に発表していようといまいと、結婚しようと思ったのなら、その女性に好意を持っていたはず。それを自ら諦めた上に、お母様のこともあったのなら、きっと体の傷以上に心を痛めたに違いない。
「アドルファスさんは元々素晴らしい人です。怪我をしたことだって彼が自分よりも他人を優先したから。皆、彼の素晴らしさを仮面のせいで見失っているだけで、きっと彼のことを支えてくれる人がいるはずです」
「それはあなたでは駄目ということ?」
間髪を容れずにそう聞き返され、どう答えるべきか迷った。
「私はこの世界に必要とされて呼ばれたのではないんですから。誤ってここに来たのなら、私という存在が、この世界の何かを歪めてしまうかも知れません」
SFは詳しくないが、体に入った異物を攻撃する抗体のように、無理矢理この世界に捩じ込まれた私は、この世界から弾き出されてしまうのではないだろうか。そんな不安を抱えていることを話した。
「あなたがこの世界に呼ばれた理由があるとは考えないのですか」
「お待たせしました」
そしてお酒と軽食を持ったアドルファスさんたちが戻ってきた。