異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます
89 束の間の再会
何が自分を覚醒させたのか。
閉め切った部屋の中で風が動いた。
枕から頭を上げると、目の隅で何かが動いた。
さらりと流れる煌めくもの。見たと思った瞬間、それは扉の向こうに消えた。
「アドルファス・・?」
一瞬だったが、彼の髪のように見えた。
私の様子を見に来て、眠っていたから声もかけず帰ったんだろうか。
「起こしてくれれば良かったのに」
魔塔主のマルシャルに魔巣窟に落とされた時、私が見たのは幻だったのだろうか。
泥の沼に落ちていく私に向かって、手を伸ばしてくれたのはアドルファスさんではなかったのか。
財前さん達は、私が魔巣窟から自力で這い上がってきたような口ぶりだったが、はたしてそうだろうか。
アドルファスさんが助けてくれたのなら、なぜそのことを隠すのだろう。隠すことなど何もない。
だから彼が助けてくれたと思ったのは、やっぱり私の妄想だったんだろうか。
役立たずだと思っていた時は、私にも何か役割があればと思っていたけど、いざ「聖女」だと言われ、どうしたらいいか戸惑ってしまう。
わかるのは、今までのようにはいかないだろうということ。本当に私が聖女かどうか正式な決定は「判定の玉」の修復後になるが、財前さんと一緒に残りの魔巣窟の浄化に行くことになるんだろう。
でもそうしたらレインズフォード家の後見は必要なくなり、アドルファスさんとも離れて暮らすことになって・・
いずれ元の世界へ帰るまでの終わりのある関係。それでもいいと彼は言ってくれた。
でも、その言葉にどこか救われた自分がいた。
いつも恋人とは長く続かなかった。この前の人は最初から私のことは二番手だった。
考えてみれば、誰かと本当に真剣に付き合ったことがあっただろうか。
初めは楽しかった相手とも、本気のつきあいになりかけると途端に気持ちが冷えた。私に原因があったのか、相手にあったのか。
別れ話が出ても、追いすがることもしなかった。
生徒達にはとことん向き合えるのに、彼氏とは向き合おうともしなかった。
向こうからもう一度やり直そうと言ってきたら、その時どうするか考えようと考え、自分がどうしたいかもわからなかった。
アドルファスさんともこれきりで、終わってしまうんだろうか。
元の世界に帰って、それで終わり。別れ話を持ち出さなくても彼とはそれっきりで終わる。
だから、汚い部分を見せ合わなくてもいい。
傷つけ合ったりせず、恋愛のいい部分だけを拾い集め、素敵な思い出だけを箱に閉じ込め、時折懐かしく思うだろう。そう思っていたのに。もう帰ることは出来ない。
聖女と認定されたなら、アドルファスさんに頼らなくても神殿で財前さんと一緒に過ごせばいい。
本当にそれでいいの?
ズキンと胸が痛んだ。
宴で出会ったフィーナ嬢のことが頭に浮かんだ。そのほかにも何人かアドルファスさんとの縁を望む人たちがいた。
私がいなくても、アドルファスさんにいい人がきっと見つかる。
魔巣窟の浄化は大事なことだ。私と財前さんしか出来ないこと。
聖女が結婚出来るのか結婚していいのかわからない。
そもそも処女じゃなくても聖女って言えるんだろうか?
巫女さんだって結婚していても勤まるのだから、聖女も可能なんだろうか。
考えることが多すぎて頭がぐちゃぐちゃになる。
もう元の世界に戻ることが出来ないなら、ここで自分の居場所を見つけて生きていかなければならない。
幸いなのは一人ではないこと。
財前さんを一人にしないで済んだこと。
彼女なら一人になっても何とか自分の人生を切り拓いていくだろうけど、こっちの世界の人には見せられない涙も愚痴も受け止めてあげよう。
「アドルファスさん、明日は会えるかな・・」
会いに来てくれないなら、私から会いに行ってみる?
会ってどうするの? もう一人の自分が囁く。
最初から彼が親切にしてくれることに甘えて、彼なら自分を受け入れてくれるという打算があったのでは?
会えばその答えが見つかるだろうか。
目覚めてから三日後、私はようやくアドルファスさんに会えた。
「アドルファスさん」
「ユイナ、元気でしたか?」
私が神殿に来て、財前さんと会う時にいつも通される部屋で、アドルファスさんが待っていた。
「はい」
穏やかに微笑むアドルファスさんを見て、私はほっとした。
「会いに来るのが遅くなってすみません。もっと早く来たかったのですが、色々後始末があったものですから」
アドルファスさんが謝ってきた。すぐに帰るからと立ったまま頭を下げられた。
アドルファスさんの言葉におやっと思った。この前の夜、私に会いに来てくれたのは別の人だったんだろうか。
「実はこの後もまた王宮に戻らねばなりません。此度のことで他国からも状況を知らせろと色々言ってきているものですから」
「そ、そうなのですね」
せっかく会えたのに、もう?
「また来ます」
そう言って彼は帰っていった。
ほんの束の間の再会。彼は私に触れることもなかった。
閉め切った部屋の中で風が動いた。
枕から頭を上げると、目の隅で何かが動いた。
さらりと流れる煌めくもの。見たと思った瞬間、それは扉の向こうに消えた。
「アドルファス・・?」
一瞬だったが、彼の髪のように見えた。
私の様子を見に来て、眠っていたから声もかけず帰ったんだろうか。
「起こしてくれれば良かったのに」
魔塔主のマルシャルに魔巣窟に落とされた時、私が見たのは幻だったのだろうか。
泥の沼に落ちていく私に向かって、手を伸ばしてくれたのはアドルファスさんではなかったのか。
財前さん達は、私が魔巣窟から自力で這い上がってきたような口ぶりだったが、はたしてそうだろうか。
アドルファスさんが助けてくれたのなら、なぜそのことを隠すのだろう。隠すことなど何もない。
だから彼が助けてくれたと思ったのは、やっぱり私の妄想だったんだろうか。
役立たずだと思っていた時は、私にも何か役割があればと思っていたけど、いざ「聖女」だと言われ、どうしたらいいか戸惑ってしまう。
わかるのは、今までのようにはいかないだろうということ。本当に私が聖女かどうか正式な決定は「判定の玉」の修復後になるが、財前さんと一緒に残りの魔巣窟の浄化に行くことになるんだろう。
でもそうしたらレインズフォード家の後見は必要なくなり、アドルファスさんとも離れて暮らすことになって・・
いずれ元の世界へ帰るまでの終わりのある関係。それでもいいと彼は言ってくれた。
でも、その言葉にどこか救われた自分がいた。
いつも恋人とは長く続かなかった。この前の人は最初から私のことは二番手だった。
考えてみれば、誰かと本当に真剣に付き合ったことがあっただろうか。
初めは楽しかった相手とも、本気のつきあいになりかけると途端に気持ちが冷えた。私に原因があったのか、相手にあったのか。
別れ話が出ても、追いすがることもしなかった。
生徒達にはとことん向き合えるのに、彼氏とは向き合おうともしなかった。
向こうからもう一度やり直そうと言ってきたら、その時どうするか考えようと考え、自分がどうしたいかもわからなかった。
アドルファスさんともこれきりで、終わってしまうんだろうか。
元の世界に帰って、それで終わり。別れ話を持ち出さなくても彼とはそれっきりで終わる。
だから、汚い部分を見せ合わなくてもいい。
傷つけ合ったりせず、恋愛のいい部分だけを拾い集め、素敵な思い出だけを箱に閉じ込め、時折懐かしく思うだろう。そう思っていたのに。もう帰ることは出来ない。
聖女と認定されたなら、アドルファスさんに頼らなくても神殿で財前さんと一緒に過ごせばいい。
本当にそれでいいの?
ズキンと胸が痛んだ。
宴で出会ったフィーナ嬢のことが頭に浮かんだ。そのほかにも何人かアドルファスさんとの縁を望む人たちがいた。
私がいなくても、アドルファスさんにいい人がきっと見つかる。
魔巣窟の浄化は大事なことだ。私と財前さんしか出来ないこと。
聖女が結婚出来るのか結婚していいのかわからない。
そもそも処女じゃなくても聖女って言えるんだろうか?
巫女さんだって結婚していても勤まるのだから、聖女も可能なんだろうか。
考えることが多すぎて頭がぐちゃぐちゃになる。
もう元の世界に戻ることが出来ないなら、ここで自分の居場所を見つけて生きていかなければならない。
幸いなのは一人ではないこと。
財前さんを一人にしないで済んだこと。
彼女なら一人になっても何とか自分の人生を切り拓いていくだろうけど、こっちの世界の人には見せられない涙も愚痴も受け止めてあげよう。
「アドルファスさん、明日は会えるかな・・」
会いに来てくれないなら、私から会いに行ってみる?
会ってどうするの? もう一人の自分が囁く。
最初から彼が親切にしてくれることに甘えて、彼なら自分を受け入れてくれるという打算があったのでは?
会えばその答えが見つかるだろうか。
目覚めてから三日後、私はようやくアドルファスさんに会えた。
「アドルファスさん」
「ユイナ、元気でしたか?」
私が神殿に来て、財前さんと会う時にいつも通される部屋で、アドルファスさんが待っていた。
「はい」
穏やかに微笑むアドルファスさんを見て、私はほっとした。
「会いに来るのが遅くなってすみません。もっと早く来たかったのですが、色々後始末があったものですから」
アドルファスさんが謝ってきた。すぐに帰るからと立ったまま頭を下げられた。
アドルファスさんの言葉におやっと思った。この前の夜、私に会いに来てくれたのは別の人だったんだろうか。
「実はこの後もまた王宮に戻らねばなりません。此度のことで他国からも状況を知らせろと色々言ってきているものですから」
「そ、そうなのですね」
せっかく会えたのに、もう?
「また来ます」
そう言って彼は帰っていった。
ほんの束の間の再会。彼は私に触れることもなかった。