異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます
90 魔巣窟の毒
財前さんと共に異世界に連れてこられ、ここに居たのは半月程だった。二週間ぶりに見るレインズフォード邸を見上げ、酷く懐かしい気持ちになった。
「ユイナさん、来てくれてありがとう」
「レディ、突然申し訳ございません」
「いいえ、あなたならいつでも…というか、来てくれるのを待っていたわ」
出迎えてくれたレディ・シンクレアは、心なしか少しやつれて見えた。
「それで、アドルファスさんは」
私が尋ねると、彼女は更に顔を暗くして無言で首を振る。
私は胸の前で握った拳をぎゅっと握りしめた。
聖女として正式に認定されるまでは、私は神殿に留まるように言われていた。
アドルファスさんは時折訪ねてきてくれたけど、忙しいからと言ってすぐに帰ってしまう。
まるで掌を返したような態度の変化に、何が起ったのかわからない。
私が聖女かもということで、レインズフォード家の後見から外れる話は、まだ陛下からは正式に何も告げられていない。
アドルファスさんが私にあんなに親切にしてくれたのは、私が可哀想だと思ったから?
親切以上の思いを抱いてくれていると思っていたのは、私の勘違いだった。
二人で過ごした時間が素敵だっただけに、余計に堪える。
特別だと思っていたのは私だけで、彼にはあれがいつもの接し方なんだろうか。
そう思いながら、きっと忙しくて今は余裕がないだけだと、都合の良いように考える自分がいる。
王室と魔塔、神殿の三権が均衡を保っているべき状況で、そのバランスが今やガダガタだった。
加えて今回の事態が他国にも知れ渡ることになり、王室も状況を説明しろと他国から矢のような催促が来ていて、外交の立て直しにてんやわんやらしい。
マルシャルは即刻死刑の判決が下された。
聖女召喚のことはどこの国も注目していて、どの国でも繊細な問題だった。
生贄を捧げるという行為はどこの国でも法で禁じており、それを行おうとしたことについて、国は断固たる姿勢を示さなければならなかった。
「愚か者め。多くを守るために小を犠牲にしてきた所業に目をつぶり、建前だけでどれだけのものを守れるのか。今は受け入れられなくても、いずれこの先で私がしようとしたことに、追従する者が大勢出来るだろう」
聖女のことだけでなく、魔巣窟により消えていった多くの人達。それらを救わんとして聖女を異世界から招くことも、また生贄と同じだ。
裁きの場で彼はそう言い放ったそうだ。
彼の魔塔の部屋の奥に、魔法で繋がった洞窟があった。
後日、調査団を組んで現場に向かうと、そこには書き殴りの魔法陣と、実験で犠牲となった多くの動物たちの残骸が、殆どが骨で、いくつかはまだ肉の付いたまま見つかった。
中にはこの世界で見たこともない形のものもあり、恐らくは実験で異世界から呼び寄せられたものか、魔法陣が未完成だったために歪められたものかもしれないということだった。
人らしき形のものもあり、調査団の者の中には卒倒した者もいたらしい。それほど強烈な現場だった。
もしかしたら、私と財前さんも、召喚の際に体のどこかが変形していたかも知れないと思うと、改めて恐ろしくなった。
「考え方は間違っていなかったとは、思います。恐らくは魔力不足なのでしょう。正式な召喚の際にはアドキンスやレインズフォード卿など、魔力の強い者が手を貸していましたから」
そうカザール氏は推察されていると教えてくれた。二人の聖女の召喚は緻密に描かれた魔法陣と、膨大な魔力を必要とした。そして多くの命が。
とにもかくにも、一番大きな魔巣窟は消え失せ、被害の規模はかなり小さくなっているということだった。
「あなたが見たというご家族のことですが、マルシャルの遺した書記に、魔巣窟の発生する原因についての考察がありました。魔巣窟は、不安定な魔素が作った穴から発生しますが、その奥ではどこかの異世界に繋がっていて、異世界からの毒素のようなものが流れ出ている。という可能性は否定できないと書かれていました」
魔巣窟の奥が異世界と繋がっている。
そう言われて何か納得する部分があった。
この世界と元の世界に何かしらの接点があるから、聖女召喚などが出来たんだろう。
ないのは、常に繋げておく術。そしてあちらに無事な姿で戻れるかはわからない。
数々の実験失敗の後に積み上げられた屍の山。
マルシャルがどれほど前から計画を練っていたかわからないが、同じような魔法陣と大勢の偉大な魔法使いの魔力がなければ成功しないなら、それを行うのは至難の業ではないのではないか。
戻れないなら、覚悟を決めてここで生きていく方法を模索しなければならない。
「判定の玉」の修復を待つ間、財前さんとも話し合った。
もし、私にも彼女と同じ力があるなら、一緒に頑張ろうと。
でも、その前に、はっきりさせなければならないことがあった。
「ユイナさん、来てくれてありがとう」
「レディ、突然申し訳ございません」
「いいえ、あなたならいつでも…というか、来てくれるのを待っていたわ」
出迎えてくれたレディ・シンクレアは、心なしか少しやつれて見えた。
「それで、アドルファスさんは」
私が尋ねると、彼女は更に顔を暗くして無言で首を振る。
私は胸の前で握った拳をぎゅっと握りしめた。
聖女として正式に認定されるまでは、私は神殿に留まるように言われていた。
アドルファスさんは時折訪ねてきてくれたけど、忙しいからと言ってすぐに帰ってしまう。
まるで掌を返したような態度の変化に、何が起ったのかわからない。
私が聖女かもということで、レインズフォード家の後見から外れる話は、まだ陛下からは正式に何も告げられていない。
アドルファスさんが私にあんなに親切にしてくれたのは、私が可哀想だと思ったから?
親切以上の思いを抱いてくれていると思っていたのは、私の勘違いだった。
二人で過ごした時間が素敵だっただけに、余計に堪える。
特別だと思っていたのは私だけで、彼にはあれがいつもの接し方なんだろうか。
そう思いながら、きっと忙しくて今は余裕がないだけだと、都合の良いように考える自分がいる。
王室と魔塔、神殿の三権が均衡を保っているべき状況で、そのバランスが今やガダガタだった。
加えて今回の事態が他国にも知れ渡ることになり、王室も状況を説明しろと他国から矢のような催促が来ていて、外交の立て直しにてんやわんやらしい。
マルシャルは即刻死刑の判決が下された。
聖女召喚のことはどこの国も注目していて、どの国でも繊細な問題だった。
生贄を捧げるという行為はどこの国でも法で禁じており、それを行おうとしたことについて、国は断固たる姿勢を示さなければならなかった。
「愚か者め。多くを守るために小を犠牲にしてきた所業に目をつぶり、建前だけでどれだけのものを守れるのか。今は受け入れられなくても、いずれこの先で私がしようとしたことに、追従する者が大勢出来るだろう」
聖女のことだけでなく、魔巣窟により消えていった多くの人達。それらを救わんとして聖女を異世界から招くことも、また生贄と同じだ。
裁きの場で彼はそう言い放ったそうだ。
彼の魔塔の部屋の奥に、魔法で繋がった洞窟があった。
後日、調査団を組んで現場に向かうと、そこには書き殴りの魔法陣と、実験で犠牲となった多くの動物たちの残骸が、殆どが骨で、いくつかはまだ肉の付いたまま見つかった。
中にはこの世界で見たこともない形のものもあり、恐らくは実験で異世界から呼び寄せられたものか、魔法陣が未完成だったために歪められたものかもしれないということだった。
人らしき形のものもあり、調査団の者の中には卒倒した者もいたらしい。それほど強烈な現場だった。
もしかしたら、私と財前さんも、召喚の際に体のどこかが変形していたかも知れないと思うと、改めて恐ろしくなった。
「考え方は間違っていなかったとは、思います。恐らくは魔力不足なのでしょう。正式な召喚の際にはアドキンスやレインズフォード卿など、魔力の強い者が手を貸していましたから」
そうカザール氏は推察されていると教えてくれた。二人の聖女の召喚は緻密に描かれた魔法陣と、膨大な魔力を必要とした。そして多くの命が。
とにもかくにも、一番大きな魔巣窟は消え失せ、被害の規模はかなり小さくなっているということだった。
「あなたが見たというご家族のことですが、マルシャルの遺した書記に、魔巣窟の発生する原因についての考察がありました。魔巣窟は、不安定な魔素が作った穴から発生しますが、その奥ではどこかの異世界に繋がっていて、異世界からの毒素のようなものが流れ出ている。という可能性は否定できないと書かれていました」
魔巣窟の奥が異世界と繋がっている。
そう言われて何か納得する部分があった。
この世界と元の世界に何かしらの接点があるから、聖女召喚などが出来たんだろう。
ないのは、常に繋げておく術。そしてあちらに無事な姿で戻れるかはわからない。
数々の実験失敗の後に積み上げられた屍の山。
マルシャルがどれほど前から計画を練っていたかわからないが、同じような魔法陣と大勢の偉大な魔法使いの魔力がなければ成功しないなら、それを行うのは至難の業ではないのではないか。
戻れないなら、覚悟を決めてここで生きていく方法を模索しなければならない。
「判定の玉」の修復を待つ間、財前さんとも話し合った。
もし、私にも彼女と同じ力があるなら、一緒に頑張ろうと。
でも、その前に、はっきりさせなければならないことがあった。